Kitabı oku: «英雄たちの探求 », sayfa 4
第九章
ソアは、国王の末息子でありスパーリングの相手でもあるリースに案内され、人ごみに押し流されていた。騎馬試合以来、記憶がぼんやりしている。そこで何をしたにせよ、エレックが槍の穂先で殺されるのを防ぐのにどんな力を使ったにせよ、国中の注目を集めたことに変わりはない。その後試合は両国王によって中止され、休戦が宣言された。それぞれの騎士は端へ戻り、観衆は動揺の中での解散となった。そしてソアはリースが腕を取り、連れ出した。
ソアは、群衆の裏手の道を通り、リースがずっと腕を組むようにして王の側近たちが付き添い、連れて行かれた。彼はいまだにその日の出来事からの震えが止まらなかった。自分があの場でしたこと、どう物事に影響を与えたのかを理解していなかった。無名で、国王のリージョンの一員でいたかった。話題の的になどなりたくなかった。
もっと悪いことには、自分がどこに連れてこられたのかもわからなかった。干渉したことが理由で何らかの罰を受けるのかどうかも。もちろんエレックの命を救ったのには違いないのだが、従者がしてはならない、騎士の戦いの妨害をしてしまった。ほうびを受けるのか、それとも譴責されるのかも定かでなかった。
「どうやってあんなことしたの?」ソアを引いて行きながらリースが聞いた。ソアはただ盲目的についていくだけで、自分でもそのことを整理しようとしていた。ソアが通ると、群衆は彼のことをまるで変人か何かのような目で見た
「わからない。」ソアは心からそう答えた。「ただエレックを助けたかった・・・そうしたらあんなことが起きたんだ。」
リースはうなずいた。
「君はエレックの命を救ったんだ。そのことはわかってる?彼は最も有名な騎士だ。それを君が守ったんだ。」
ソアは頭の中でリースの言葉を繰り返して、気が楽になった。ソアはリースに出会った瞬間、彼のことが気に入った。リースはいつでも何を言うべきか心得ていて、気持ちを鎮めてくれる。そのことを考えていて、罰を受けることはないかも知れないと気づいた。彼のことを、ある意味ではヒーローだと見てくれるかも知れない。
「何かをしようとは思っていなかった。」ソアは言った。「ただエレックに生きていて欲しかっただけだ。それは・・・当然のことだ。大したことじゃない
「大したことじゃないって?」リースが繰り返して言った。「僕には到底できないよ。誰にもね。」
角を曲がると、ソアの眼前に国王の城が広がり、空高くそびえていた。途方もなく大きい。玉石を敷き詰めた跳ね橋に続く道に衛兵が直立不動の姿勢で立ち、群衆を寄せ付けなかった。衛兵たちは脇に下がってリースとソアを通した
二人は兵士たちに付き添われ、鉄の掛け金のついた巨大なアーチ型の扉に向かって道なりに歩いた。4名の兵士が扉を引いて開け、脇に下がって立つ。ソアには自分へのこの扱いが信じられなかった。まるで王家の一員のような気がした。
二人が城に入ると後ろで扉が閉じられた。ソアは目の前の光景に驚いた。広大な城だ。1フィートもの厚さの巨大な石壁がそびえて、部屋は開かれていた。彼の前には、 数百名の宮廷の住人たちが、騒々しく動き回っていた。興奮した空気を感じた。ソアが入ってくると同時に、すべての目がこちらに向いた。注目を浴びることに圧倒された。
ソアがリースとともに城の回廊を歩いて行く時も、皆が群がってこちらをぼんやりと見つめていた。これほど多くの人が皆きれいな身なりをしているのをソアは見たことがない。数十名の、凝った衣装を身につけた年齢の異なる少女たちが、腕を組み、ソアのほうを見て互いにささやいたり、くすくす笑ったりしているのが見えた。 ソアは人目が気になった。皆が自分に好意を持っているのか、ただからかっているのか区別がつかなかった。注目の的になることなど、慣れていない。ましてや宮廷内だ。どう振舞ったら良いのか見当もつかない。
「どうしてみんな僕のことを見て笑うのだろう?」リースに聞いた。
リースはソアのほうを見て微笑んだ。「笑っているんじゃない。」彼は言った。「君のことが気に入ったんだ。有名人だよ。」
「有名?」ソアはびっくりして尋ねた。「どういう意味だい?僕はここに来たばかりなのに。」
リースは笑って、ソアの肩に手を置いた。ソアのことを面白がっているのは明らかだ。
「宮廷では、噂が広まるのは君が思っているよりもずっと早いよ。特に君のような新参者はね。まあ、こんなこと毎日あるわけじゃないけど。」
「これからどこに行くんだい?」ソアが聞いた。どこかに連れて行かれるのだと察した。
「父が君に会いたがっている。」別の回廊へと曲がりながら、リースが言った。
ソアは驚いた。
「お父上って? ・・・王様のこと?」急に緊張した。「どうして王様が僕にお会いになりたいんだろう?本当なの?」
リースが笑った。
「本当だよ。そんなに緊張しないで。ただの父なんだから。」
「 ただのお父さん?」ソアは信じられないという具合で言った。「国王じゃないか!」
「そんなに悪くないよ。良い謁見になると思う。いずれにせよ、君はエレックを救ったのだから。」
別の大きな扉が開いて大広間に入った時、ソアはごくりとつばを飲み込み、手には汗をかいていた。畏怖の念に打たれアーチ型の天井を見上げた。細かな彫刻が施され、高くそびえている。壁はアーチ型のステンドグラスが並んでいる。そして、たくさんの人々がこの部屋には詰め込まれていた。千人はいるに違いない。部屋は満杯だった。宴会のテーブルは見渡す限り、部屋の端から端まで置かれ、人々は果てしなく長いベンチに座って食事をしていた。その間には長く赤い絨毯の狭い通路があり、王座のある壇へと続いていた。群衆は、リースとソアがカーペットの上を国王に向かって歩いてくると道を開けた。
「彼をどこに連れて行こうと思っているのだい?」敵意に満ちた、鼻にかかった声がした。
ソアが見上げると、自分の上に立っている男が見えた。自分と大して年は変わらない。王族の服装をしており、明らかに王子である。道を遮ってにらみつけてくる。
「父上のご命令だ。」リースが言い返した。「そこをどいたほうが良い。父上たちに逆らおうというのでない限り。」
王子は、ソアをじろじろと見る時、まるで腐ったものでもかじったかのようなしかめ面をしながら立っていた。ソアはこの男が気に入らなかった。やせて、不親切そうな顔立ちと、落ち着きのない目に何か信用できないものがあった。
「ここは平民の来る場所ではない。」王子が答えた。「一般市民は外に置いてきたほうが良い。もと居た場所に。」
ソアは胸が締め付けられるのを感じた。この人は自分を嫌っている。自分にはどうしてかわからない。
「そう言っていたと父上に報告しようか?」リースが自分の味方についてくれた。王子は振り向いて、しぶしぶその場から逃げるように立ち去った。
「今のは誰です?」ソアは再び歩きながらリースに尋ねた。
「気にしなくて良いよ。」リースが答えた。「僕の兄さ。兄の一人だ。ガレスといって、長兄だ。まあ、一番上ではないんだけれど、ただ嫡子では一番上というだけで。競技場で会ったケンドリックが本当の、一番上の兄だ。」
「なぜガレスは僕のことが嫌いなんだろうか?僕は彼のことを知らないのに。」
「心配しなくて良いさ。ただ君への憎しみを抑えておけないだけだ。ガレスは、人は誰でも嫌いなんだ。そして王家に近づく者は皆、脅威だと思うんだよ。気にしないで。そういう人は他にもいて、その一人なだけだから。」
歩き続けながら、ソアはリースへの感謝の念が募った。本当の友達になってくれたと感じた。
「どうして僕の味方をしてくれたの?」ソアは興味が湧いて、尋ねた。
リースは肩をすくめた。
「僕は君を父上の元に連れて行くよう命令されたんだ。それに、君は僕のスパーリングのパートナーだしね。僕と同じ年で価値のある人が現れるのは本当に久しぶりだ。」
「どうして僕に価値があるんだろう?」ソアは聞いた。
「闘志だよ。それは持っているふりができるものじゃない。」
王の待つところへと回廊を更に進みながら、リースのことをずっと知っていたような感覚を覚えた。おかしなことだが、なぜかリースが自分の本当の兄弟のような気がした。自分には兄弟などいなかったのだから、本当の兄弟など。でも悪い気がしなかった。
「他の兄たちはガレスみたいじゃないから、心配いらない。」ソアを一目見ようと人々が集まってくるなか、リースはそう言った。「兄のケンドリックは会ったよね。一番良い人だ。腹違いなんだけれど、僕は本当の兄だと思っている。ガレスよりもね。ケンドリックは僕にとっては、第二の父親みたいだ。君にとっても絶対にそうだと思うよ。僕のためにしてくれないことはないんだ。誰に対しても。王族のなかで一番国民に慕われている。ケンドリックが国王になれないなんて、大変な損失だ。」
「兄たち、って言ったけど、他にもいるの?」ソアが尋ねた。
リースはため息をついた。
「そう、もう一人いる。そんなに仲は良くないけれど。ゴドフリーと言って、残念ながら毎日酒場で平民の友達とのらりくらりしている。彼は僕たちのような戦士じゃない。興味がないんだ。何にもあまり興味がないんだよ。お酒と女の人以外はね。」
突然、一人の少女が道を塞いで二人は立ち止まった。ソアはその場に釘付けになった。恐らく自分よりも2歳ぐらい年上だろう。青い、アーモンド型の目でこちらを見つめる。肌は完璧なほど美しく、長いストロベリー色の髪をしていた。レースのボーダーが付いている白いサテンのドレスを着て、目は楽しく、いたずらそうにきらきらと輝いていた。ソアから目を離さないので、ソアはすっかり心を奪われてしまい、身動きもできなかった。今まで見たこともないほど美しい人だ。
彼女は、完璧な白い歯を見せて微笑んだ。その微笑みで、ソアはますます動けなくなって立ちすくんだ。気持ちが明るくなった。こんなに生き生きした気持ちになったことはない。
「紹介してくれないの?」少女はリースに尋ねた。彼女の声はソアの中に染み込んだ。外見よりもなお素敵だ。
リースはため息をついた。
「それから、姉もいるんだ。」微笑みながら言った。「グウェン、こちらはソア。ソア、グウェンだ。」
グウェンは膝を曲げてお辞儀をした。
「始めまして。」彼女は微笑みながらそう言った。
ソアはかしこまって、凍りついた。とうとうグウェンが笑い出した。
「そんなに一度にたくさん話そうと思わないでね。」笑いながら彼女はそう言った。
ソアは顔が赤くなるのを感じた。咳払いをした。
「ご、ご、ごめんなさい。僕はソアです。」彼は言った。
グウェンはくすくす笑った。
「それはもう知っているわ。」彼女は言った。そして弟のほうを向き、「リース、お友達は言葉の使い方をご存じね。」
「父上がお会いになりたいんだ。」リースはいらいらとして言った。「遅れそうだ。」
ソアはグウェンと話をして、彼女がどんなに美しいかということ、会えて嬉しく思っていること、呼び止めてくれて感謝していることなどを伝えたかった。でも舌が回らなかった。こんなに緊張したことはない。やっと口から出たのは「ありがとうございました。」という言葉だけだった。
グウェンがもっと笑って、「何に?」と聞いた。目が輝いていた。この会話を楽しんでいるのだ。
ソアはまた顔が赤くなったと思った。
「えっと、わかりません。」彼はもごもごと言った。
グウェンは激しく笑った。ソアは侮辱されたような気がしてきた。リースが肘でソアを突き、先を急ごうと促した。そして二人は歩き出した。数歩進んでから、ソアは肩越しに振り返った。グウェンはそこに立ち続けてこちらを見ていた。
ソアは心臓がどきどきした。話をして、もっと彼女のことを知りたかった。言葉を失ったことでとても恥ずかしい思いをした。だが、自分の小さな村で女の子と接したことがなかった。特にこれほど美しい人とは。何と言い、どう振舞うべきか、教わったことがなかった。
「グウェンはおしゃべりなんだ。」国王の元へと向かいながら、リースは言った。「気にしなくて良いよ。」
「名前は何と?」ソアが聞いた。
リースは変な顔をした。「さっき言ってたじゃないか!」そう言って笑った。
「ご、ごめんなさい。あの、忘れちゃって。」ソアは恥ずかしくなった。 「グウェンドリン。みんなグウェンと呼んでいる。」
グウェンドリン。ソアは心の中で何度もその名前を呼んだ。グウェンドリン。グウェン。忘れたくなかった。自分の意識の中にとどめたかった。そして、また会えるだろうかと考えた。平民なのだから、多分それはないだろうと考え、落ち込んだ。
ソアが見上げると、周りの人々は皆静かになっていた。国王に近づいているのだとわかった。マッギル国王は王冠を戴き、紫色の王衣をまとって堂々と王座に座っていた。
リースは王の前に跪き、皆が静まった。ソアはそれにならった。静寂が広間を包んだ。
国王が咳払いをした。深い、腹の底から出ているような音がした。話し始めると、声が部屋中に響いた。
「西王国、南の地方の低地から来たソアグリン。」王は言った。「そなたは、本日王の騎馬試合で干渉したことを承知しておるか?」
ソアは喉の渇きを感じた。どう答えたら良いのかわからなかった。罰を受けるのかと思った。
「申し訳ありませんでした、陛下。」やっとのことで言った。「そのつもりはありませんでした。」
マッギルは前にかがみ込み、片方の眉毛を上げた。
「そのつもりはなかった?そなたはエレックの命を救うつもりはなかったというのか?」
ソアは面食らった。余計にややこしくしてしまったことに気が付いた。
「いえ、陛下、あのそういうつもりでは・・・」
「それでは、干渉するつもりがあったことを認めるのだな?」
ソアは心臓が脈打つのを感じた。どう言えばよいのか?
「陛下、申し訳ありません。あの、ただ助けたかっただけなのです。」
「手伝いたかった?」マッギルが朗々とした声で言い、後ろにもたれかかって大きな声で笑った。
「手伝いたかった!エレックを!最も偉大かつ名誉ある騎士を!」
広間は爆笑の渦だった。ソアは顔が赤くなった。こんなことが一日のうちに何度もありすぎる。ここではもうどうすることもできないのだろうか?
「立ち上がって、近くに寄るのだ。」マッギルが命じた。
ソアは王が微笑んでいるのを見上げて驚きながら、立ち上がりそばに寄る際に王を見た。
「そなたの顔には気高さがある。平民ではない。決して・・・。」マッギルは咳払いをした。
「エレックは最も慕われている騎士だ。今日そなたがしたことは、我々皆にとって偉大なことである。 ほうびとして、今日から私の家族の一員として迎えよう。私の息子たちと同じ尊敬と名誉が与えられる。」
国王は後ろにもたれかかると、大きい声で宣言した。「このことを知らしめよ!」 部屋中に大きな歓声が起こり、足を踏み鳴らす音が聞こえた。
ソアは周りを見回し、自分の身に起こったことを理解しきれずにあわてた。王族の一員。想像もつかないことだった。自分が望んだのは、リージョンに入隊を許され、メンバーになることだけだった。今、このようなことが起きた。感謝と喜びで圧倒され、どうしてよいかわからなかった。
ソアが応える間もなく、突然部屋中が音楽と踊り、そしてご馳走で満たされ、祝宴が始まった。大変な騒ぎだ。王を見上げ、その目に深い愛情や受け入れる意思が込められているのを見た。これまで父親への愛情を感じたことはなかった。今ソアは、ここで、ただの人ではなく、国王に愛されているのだった。たった一日で、自分を取り巻く世界が変わった。ただただ、これが現実であって欲しいと願うだけだった。
*
グウェンドリンが人ごみをかき分け、少年が宮廷外へ案内されてしまう前に見つけようと、急いでこちらに向かってきた。ソアのことである。彼を見つけてグウェンドリンの心臓は高鳴った。そしてその名前を心の中で繰り返さずにはいられなかった。彼女はソアに出会った瞬間から、彼のことを考えずにはいられなかった。彼は1、2歳ではあるが自分よりも年下だった。だが、実際よりも年上で、他の者よりも成熟し人間に深みがあるように見える雰囲気があった。ソアを見た瞬間から、彼を前から知っていたような気がした。ソアに出会った時のこと、どんなに彼があわてていたかを思い出して微笑んだ。彼の目に、自分と同じことを感じているのが見て取れた。
もちろん、グウェンドリンは少年のことを知らなかった。けれども、騎馬試合場でソアが行ったことを見、弟がどれほど彼のことを気に入っているかを見た。それ以来ソアのことを観察してきたが、彼には何か特別なもの、他の者とは異なるものが備わっているのを感じ取った。会ってみてそれが確信となった。王家の者、ここで生まれ育った者誰とも違っていた。すがすがしいほど純粋な何かが彼にはあった。ソアはよそ者だった。平民。それも、奇妙だが、王族のような振る舞いの。身分には似合わない気高さがある、そんな感じだった。
グウェンは上階のバルコニーの端まで行き、そこから見下ろした。眼下には宮廷が広がっている。リースが付き添い、ソアが案内されて出て行こうとしているのが見えた。他の少年たちと共に訓練を受けるため、バラックに行くに違いない。彼女は後悔で心が痛んだ。そしてどうしたらまた会えるか、考えをめぐらしていた。
彼のことをもっと知らなければ、と思った。解き明かしたかった。そのためには、王国の人物や出来事を何でも知っている女性と話をするべきだろう。母親である。グウェンは振り向き、群衆の間を抜けて戻って行った。すべて暗記している城の裏側の回廊を、曲がりくねるように進んだ。頭がくらくらした。今日は目のくらむような一日だった。まず、父との会見、自分に王位を継いで欲しいという知らせ。一度も予期したことがなく、すっかり油断していた。今も頭が整理できないでいる。自分に王国を治めるなど、どうしてできようか?今日という日が来なければ良かったと思いながら、そのことを頭から追い出そうとした。何と言っても、父は健康で体力もある。そして何よりも、彼女が願っているのは父に長生きして欲しいということだけだ。自分と一緒にここで幸せに暮らせればよい。
それでもその会見のことが頭から離れなかった。種がいったん蒔かれたら、いつかその日はやってくる。どこかに、頭の奥の方に自分の番が来る、という思いがあった。自分が父を後を継ぐのだ。兄弟たちではなく、自分が。怖くなるようなことだった。それと同時に、今まで持ったことのない、重要であるという感覚や自信も芽生えた。父は、自分が国を治めるのに適していると判断した。彼女を、兄弟の中で最も賢明であると。なぜだろうかと考えた。
それはまた、ある意味で心配の種でもあった。自分のような小娘が君主として選ばれることで、大きな憎しみや妬みを生むのではないかと思った。既にグウェンはガレスの嫉妬を感じていて、恐ろしくなっていた。彼女は、兄が人を操るのが非常にうまく、また容赦しない性格なのを知っていた。彼には自分の欲しいものを手に入れるためなら何でもするところがあり、グウェンはガレスの視界内にあるということが嫌だった。会見のあとガレスと話をしようとしたが、自分のことなど見ようともしなかった。
グウェンはらせん階段を駆け下りた。彼女の靴音が石に響いた。別の回廊を行き、裏側の礼拝堂や別の扉を通り抜け、衛兵の前を通って、城の個室に入った。母と話をしなければならなかった。ここで休んでいるはずだ。このような長い社交的行事には、もはやあまり長くは出られなかった。抜け出して、できるだけ個室で休むようにしていた。
グウェンは別の衛兵の前を通り過ぎて、別の廊下を通り、母の化粧室の扉の前で止まった。開けようとした時に手を止めた。扉の向こうに、声を荒げて話す様子がかすかに聞こえた。何かがおかしい。母が議論している。じっと聞いていると、父の声だった。喧嘩をしているのだ。いったいなぜ?
グウェンは聞いてはいけないとわかっていた。手を伸ばして、重い樫の扉のそっと開け、鉄のノッカーをつかんだ。ほんの隙間程度に扉を開けたまま話を聞いた。 「彼はこの家には住んではなりません。」母がいらいらしたように言った。
「どういうことなのか全容もわからないうちに、君は判断を急ぎ過ぎている。」
「私はいきさつを知っています。」母が言い返した。「もうたくさんですわ。」
グウェンは母の声に毒があるのを聞き、驚いた。両親が口論するのをほとんど聞いたことがない。今まででほんの数回だ。母がこれほど気が高ぶっているのなど聞いたことがなかった。どうしてなのかわからなかった。
「彼は、他の少年たちと一緒にバラックに住むようにします。この家の中に置きたくありません。わかっていただけましたか?」彼女は言い張った。
「城は広い。」父が言い返した。「君の目に触れないようにする。」
「目に触れるかどうかはどうでも良いのです。ここにいてもらいたくないのです。彼はあなたが起こした問題です。ここに呼ぶとお決めになったのはあなたです。」 「君にも罪がないとは言えまい。」父が反論した。
グウェンは足音を聞き、父が部屋を横切って反対側の扉から出て行くのが見えた。扉をあまりに強く後ろ手で閉めたので部屋が揺れた。母は部屋の中央に立ち尽くし、泣き始めた。
グウェンは辛くなった。どうしてよいかわからなかった。そっと立ち去るのが最善ではと思う一方で、母が泣いているのを見るのが、母をそのままにしてしまうのが我慢できなかった。また、グウェン自身も、なぜ二人がソアのことで口論をしていたのか理解できなかった。いったいどうして?なぜ母はそんなに気にするのだろう?何十人もの人が城には住んでいるというのに。
グウェンは、母をあのような状態にしたまま立ち去る気にはなれなかった。慰めてあげなければ。手を伸ばし、そっと扉を開けた。
扉のきしる音がして、母がこちらを向いた。気を許していたところだったので、母が嫌な顔をした。
「ノックはしたの?」母が厳しく言った。いかに取り乱しているかがわかって、グウェンは辛かった。
「どうしたの、お母様?」グウェンはゆっくり歩み寄りながら尋ねた。のぞくつもりはなかったけれど、お父様と口論されているのを聞いてしまいました。」“I
「その通りです。あなたは詮索してはいけません。」母は言い返した。
グウェンは驚いた。母は機嫌を損ねることはあっても、このようになることはなかった。母の怒りの強さに、グウェンはもう数フィート先まで足を進めてよいかもわからず、立ち止まった。
「新しく来た少年、ソアのことでしょう?」グウェンが尋ねた。
母は振り返って違う方向を向き、涙を拭いた。
「私にはわかりません。」グウェンは続けた。「なぜ彼がどこに住むか、気にされるのですか?」
「私の問題ですから、あなたには関係ありません。」母は冷たく言った。この話題を打ち切りたいのは明らかだ。「何の用なの?どうしてここへ来たの?」
グウェンは緊張してきた。母にソアのことをいろいろと話して欲しかったのだが、最悪のタイミングだったようだ。グウェンは躊躇して、咳払いをした。
「あの・・・実はソアのことを聞きたかったのです。彼についてどんなことをご存じなのですか?」
母は振り向いて、いぶかるように目を細めてグウェンを見た。
「どうして?」彼女はひどく真剣な顔で尋ねた。母が、グウェンが彼のことを好きなのではないかと鋭く察知して、目を凝らすように自分を観察し、判断しようとしているのをグウェンは感じた。グウェンは自分の感情を隠そうとしたが、無駄だとわかっていた。
「ただ興味があっただけよ。」説得力のない口調で言った。
突然、母は三歩グウェンのほうへ進み、腕をつかむと顔を覗き込んだ。
「よく聞きなさい。」叱責するように言った。「一度しか言いませんから。あの少年には近づかないようにしなさい。聞いてますか?あなたをあの少年に近付かせたくないの。どんなことがあっても。」
グウェンは恐ろしくなった。
「でも、どうして?彼は英雄よ。」
「私たちの一員ではないの。」母は答えた。「お父様がどう思おうとね。私はあなたを彼から遠ざけておきたいのよ。聞いてる?誓って。今すぐ。」
「誓わない。」グウェンは自分の腕を強く握る母の手を払いながらそう言った。 「あの人は平民で、あなたは王女なのよ。」母は叫んだ。「あなたは王女なの。わかった?もし近づいたら、彼をここから追放してもらいます。わかりましたね。」
グウェンは何と答えたらよいかわからなかった。こんな母は見たことがなかった。
「私に命令しないで、お母様。」やっとそれだけ言った。
グウェンは威勢の良い声を出そうと頑張ったが、心の中では震えていた。いろいろなことを知りたくてここにやってきたのに、今では恐怖におののいている。何が起きているのかわからなかった。
「好きなようにしなさい。」母は言った。「でも、彼の運命はあなたの手にあるのよ。そのことを忘れないように。」
そう言うと、母は振り向き、扉をばたんと閉めて部屋を出て行った。グウェンは沈黙のなかに一人残された。楽しかった気分が台無しだ。一体何が、両親をあれほど極端な反応に走らせるのだろう?あの少年は一体誰なのだろう?
第十章
マッギルは宴会の大広間に座って民を目で追っていた。テーブルの片方に王自身が、反対側にはマクラウド王が座し、その間には両家の男性が数百名座っていた。婚礼のお祭り騒ぎは数時間にもおよび、騎馬試合から来る両家の間の緊張もやっと解けた。マッギルが思うに、男たちに両家の隔たりを忘れさせるために必要なのはワインと肉だった。そして女性。今では皆が兄弟のように同じテーブルに集っている。実際、マッギルが見渡した限りでは、彼らが別々の氏族であると見分けることさえできないくらいだった。
マッギルは事態が回復したような気がしていた。全体の計画はうまく進んでいる。両家は既に親睦を深めているように見える。リングの両側を団結させ、友好関係とまではいかなくとも、せめて平和な隣国の関係を築くという、先代のマッギルの王たちができなかったことを、自分がなんとか成し遂げた。娘のルアンダはマクラウドの王子である新郎と腕を組み、満足そうだ。罪悪感が和らいだ。娘をあげてしまったことになるのかも知れないが、少なくとも王妃の座は用意してあげることができた。
この行事に先立って行った準備のすべて、顧問団との議論に明け暮れた日々を思い起こした。この結婚は、顧問団の意見に逆らってお膳立てした。この和平は楽に得られるものではない。やがて、マクラウド家は高原の自分たちの側に戻るであろう。そしてこの結婚のことも忘れ去られ、いつか不穏な状態になるであろう。マッギルはそれほど世間知らずではない。だが、少なくとも両家の間に血縁関係が生まれた。特に、子どもが生まれれば、それが簡単に忘れられることもない。もし、リングの両側の王国の血を引くその子どもが立派に成長し、国を治めるようにまでなれば、もしかしたら、いつかリング全体の統一が実現するかも知れない。高原はもはや争いの境界線ではなくなり、領地は一国の統治下に置かれて繁栄を見るであろう。それがマッギルの夢だった。自分自身のためではなく、子孫のためだった。いずれにせよ、リングは強固であらねばならない。峡谷を守るため、外の群れを寄せ付けないため団結する必要がある。二つの氏族が分裂している限り、外界に対して弱みを見せることになる。
「乾杯だ」とマッギルが声を上げ、立ち上がった。
数百名の男たちが立ち上がってグラスを掲げるとともにテーブルが静まりかえった。
「私の第一子の結婚に!マッギル、マクラウド両家の融合に!リング全体の平和に!」
「さあ、さあ!」歓声が上がるのが聞こえた。皆が飲み交わし、部屋は再び笑いと祝宴の音に包まれた。
マッギルはゆったりと座って部屋中を見回し、他の子どもたちを探した。ゴドフリーはもちろんいた。両手に酒杯を持ち、両脇に女性を侍らせて悪友たちに囲まれながら飲んでいた。恐らく、彼が喜んで出席した唯一の王家の行事ではないだろうか。ガレスもいる。恋人のファースとかなり接近して座り、耳元にささやいている。マッギルは、彼の素早く、落ち着きのない眼差しから、ガレスが何か企んでいるのが見てとれた。そう思うと胃が落ち着かず、目をそらした。部屋の端には末息子のリースがいた。従者のテーブルで新しく来た少年ソアと食事をしている。マッギルは、すでに彼のことを息子のように感じており、末っ子がすぐに親しくなったのを見て喜んだ。
彼は下の娘グウェンドリンの顔を探し、やっと見つけた。端のほうに座り、侍女に囲まれながら笑っている。彼女の眼差しを追い、ソアを見つめていることに気づいた。しばし彼女を観察し、彼に魅かれていると悟った。予期していなかったことで、どう解釈すべきかよくわからなかった。問題が持ち上がると思った。特に妻から。
「すべてのことは見かけとは異なりますぞ。」声が聞こえた。
マッギルが振り返ると、アルゴンがそばに座り、両家の者たちが共に食事をしているのを見ていた。
「これをどう解釈する?」マッギルが尋ねた。「双方の王国に平和がもたらされるだろうか?」
「平和は静的なものではありませぬ。」アルゴンが言った。「潮のように、引いたり流れたりするものです。今見えているものは、薄っぺらな板のような平和であって、一面しか見ておられない。陛下は昔からの敵国に平和を押し付けようとしておられる。だが、何百年間も血が流されてきた。心は復讐を求めて叫んでおる。一組の結婚だけでそれをなだめることはできまい。」
「そなたは何のことを言っておるのか?」マッギルはもう一杯ワインを飲みながら尋ねた。緊張しながら。アルゴンがそばにいる時はいつもそうだ。アルゴンは振り返って王を見つめた。あまりにも強い眼差しにマッギルは心の中でパニックを起こしていた。
「戦争があるじゃろう。マクラウド家が攻撃をしかける。備えられよ。今目の前にいる客人は皆、直に陛下の家族を殺すために力を注ぐであろう。」
マッギルは息をのんだ。
「私は娘を結婚させるという、間違った決定を下したのだろうか?」
アルゴンはしばらく沈黙していたが、やがて言った。「そうとも限らない。」
彼が目をそらしたため、マッギルはこの話題が終わったのだとわかった。答えてもらいたい質問は山ほどあった。だが、この魔法使いは十分に用意ができている時以外は答えない。そのことを王は知っていた。マッギルは代わりにアルゴンの目を見つめ、園目がグウェンドリンとソアに注がれるのを追った。
「二人を一緒に見るのか?」マッギルは急に知りたくなって尋ねた。
「多分」アルゴンが答えた。「まだ決めていないことがたくさんあるのじゃろう。」
「謎かけをするのだな。」
アルゴンは肩をすくめ、目をそらした。マッギルはもう聞き出せることがないのを察した。
「今日、競技場で起こったことを見たのだろうな?」マッギルが促した。「あの少年に起こったことだ。」
「起こる前から見えていた。」アルゴンが答えた。
「あれをどう理解する?少年の力の源は何なのだ?彼はそなたのような者なのか?」
アルゴンはマッギルの目を覗き込んだ。その眼差しの強さはマッギルに目をそらさせた。
「あの少年には私よりもずっと強い力があります。」
マッギルはショックを受けて見つめ返した。アルゴンがこのように話すのを聞いたことがなかった。
「ずっと力があると?そなたよりも?そんなことがあり得るのか?そなたは王の魔法使いではないか。国中でそなたよりも力を持つ者はいない。」
アルゴンは肩をすくめた。
「力の現れ方は一つではありますまい。」アルゴンは言った。「少年は陛下の想像を超える力を持っております。本人も知らないような力を。彼は自分が何者か気づいておりません。どこから来たかも。」
アルゴンはマッギルの方を向いて見つめた。
「だが陛下はご存じだ。」そう付け加えた。
マッギルは考えながら見つめ返した。
「私が?」マッギルは尋ねた。「教えてくれ。知らなければならない。」
アルゴンは首を振った。
「心を探られよ。それが真実である。」
「少年はどうなっていくのだ?」マッギルが尋ねる。
「優れた指導者になるじゃろう。そして偉大な戦士に。生まれ持った能力によって王国を治めることになろう。陛下の王国よりもずっと偉大な国を。そして陛下よりもはるかに偉大な王になるであろう。それがあの少年の宿命じゃ。」
ほんの少しの間、マッギルは嫉妬を感じた。少年の方を向き、観察した。従者のテーブルでリースと無邪気に笑い合っている。平民で、弱いよそ者、兄弟の中の末っ子。そんなことが可能なのか、想像できなかった。彼を見ていて、リージョンへの入隊さえおぼつかないように見える。アルゴンは間違っているのではないか、と一瞬考えた。
しかしアルゴンが間違えたことなどなかったし、理由もなく予言をすることもなかった。
「なぜ私に教えた?」マッギルが問うた。
アルゴンは王を見つめた。
「それは陛下が備える時だからです。あの少年には訓練が必要だ。すべての良いものを与える必要がある。それが陛下の責任なのです。」
「私の? あの子の父親の責任はどうなのだ?」
「彼のは何なのでしょう?」アルゴンが尋ねた。
第十一章
ソアは目を大きく開き、頭がぼんやりして、自分はどこにいるのだろうと思った。床のわらの山に横たわり、顔は横向きで、腕は頭の上にぶらりと置いている。顔を上げて口のよだれを拭いた時、すぐに頭、目の奥のほうに痛みを感じた。今までで最悪の頭痛だ。前夜の国王が催した祝宴で初めてエールを飲んだことを思い出した。部屋が回っている。喉は渇いていた。その瞬間、二度と酒は飲むものかと誓った。
ソアは周りを見回し、がらんとしたバラックの中で自分のいる位置を把握しようとした。見渡す限りわらの山に横たわる人がいる。部屋中いびきが鳴り響いている。反対側を見るとリースが数フィートのところに、やはり正体不明になっている。その瞬間、バラックにいるのだと理解した。リージョンのバラックだ。周りには同じ年の少年たちが50人ほどいた。
ソアは、明け方近くにリースに道案内され、わらの山に倒れ込んだことをかすかに思い出した。朝の日の光が開いた窓から降り注ぐ。ソアは目を開けているのが自分一人であることにすぐに気づいた。見下ろして服のまま寝てしまったことがわかり、頭に手を伸ばして油っぽい髪をなでた。水浴びができるなら何でも上げようと思った。どこでできるかはわからないが。そして水を1パイントもらえるなら何だってしようとも思った。お腹が鳴っていた。食べ物も必要だ。
何もかもが彼には新しかった。自分がどこにいるのか、次に何が起こるのか、リージョンの日課が何なのかさえわからなかった。それでも彼は幸せだった。人生で最高の、目くるめく夜だった。リースという仲の良い友人もできた。グウェンドリンがこちらを1、2度見ているのに気づいた。彼女と話をしようとしたが、近づく度勇気がしぼんだ。そのことを考えるにつけ悔やまれた。周りには人が多過ぎた。二人だけなら勇気を振り絞ることができるだろう。だが次のチャンスはあるのだろうか?
ソアが考え終わる前に、突然バラックの扉を激しく叩く音がした。一瞬の後、扉が開けられ、光が射し込んだ。
「従者たちは立て!」声がした。
シルバー騎士団のメンバー12名が、鎖かたびらを鳴らしながら入ってきて、金属製の物で木の壁を叩いた。耳をつんざくような音にソアの周りで少年たちが飛び起きた。
隊を指揮しているのは特に見た目の恐ろしい軍人で、前日競技場でソアが見た人だった。がっしりして禿頭、鼻に傷痕がある。リースがコルクという名だと教えてくれた。
ソアが指を出して自分を指した時、コルクはソアをにらんだように見えた。
「そこの少年!」彼は叫んだ。「立てと言ったはずだ!」
ソアは混乱した。既に立っている。
「私はもう立っております、上官どの。」ソアが答えた。
コルクが前に進み出て、手の甲でソアの顔を打った。目を向けながら、ソアは憤りで傷ついた。
「上の者に二度と口答えするな!」コルクが叱責した。
ソアが返事をする間もなく男たちは動き始め、部屋を歩き回りながら少年たちを引っ張って立ち上がらせていった。起き上がるのが遅い者はあばらを蹴られていた。 「気にすることはないよ。」元気づける声がした。
振り向くとリースが立っていた。
「君個人にしているわけじゃない。それが、僕たちを抑圧するあの人たちのやり方なんだ。 」
「でも君にはしなかったよ。」ソアが言った。
「もちろん、僕には手も触れないさ。父がいるからね。でも礼儀正しくしようとはしないよ。あの人たちは、ただ規律を身につけさせたいだけなんだ。それが強くなるのにつながると思っている。あまり気にするな。」
少年たちは皆行進でバラックの外に出た。ソアとリースもその間に入った。外に足を踏み出すと、明るい日の光でソアは目を細め、手をかざした。突然吐き気に襲われ、振り向いてかがみ込むと嘔吐した。
周りの少年たちがクスクス笑っているのが聞こえた。衛兵が彼を押したのでソアは前につまづき、口を拭きながら皆の列に戻った。こんなに気分が悪くなったのは初めてだ。
隣でリースが微笑んだ。
「大変な夜だったよね?」にやりとして、ソアのあばらを肘で突きながら言った。 「2杯だけでやめるように言っただろう。」
ソアは光が目に射し込むとむかむかした。今日ほど日射しが強い日はないのではないか。既に暑くなっている。革のかたびらの下で汗が滴るのが感じられた。
ソアは、リースが昨夜警告してくれたのを思い起こそうとしたが、どうしても思い出せなかった。
「そんなアドバイス、思い出せないけど。」ソアは言い返した。
リースはますますにやりと笑った。「厳密に言うと、君が聞いていなかったんだ。」リースが含み笑いをした。「それと、姉に話しかけようと思ってしていた下手な努力」更に付け加えて言う。「あれはかわいそうなぐらいだったな。あんなに女の子を怖がるやつは見たことがない。」
ソアは思い出そうとして真っ赤になった。だが思い出せなかった。記憶がすべてぼやけている。
「気を悪くさせるつもりはないんだけど」ソアは言った。「君のお姉さんで。」
「そんな心配はいらない。もし姉も君を気に入ったなら、僕はすごく嬉しい。」
グループが坂に差し掛かり、二人は行進の足を速めた。一歩進むたびに太陽が強く照りつける。
「でも言っておく。誰もが彼女をねらっている。姉が君を選ぶ可能性は・・・そうだな、あまりないとでも言おうか。」
宮廷の緑の丘を行進し、歩みを速めながら、ソアは安心した。リースには認められたのだ。驚くべきことだ。リースのことは兄弟のように思い続けている。歩いているうちに、ソアは本当の兄弟たちが近くを行進していることに気づいた。一人がこちらを向き、嫌そうな顔をした。そして他の兄のことを小突いた。彼もばかにしたような笑いを浮かべた。彼らは首を振ると向こうを向いてしまった。ソアに親切な言葉一つかけてはこない。ソアも何も期待していない。
「リージョンは直ちに列を作れ!」
ソアが見上げると、周りにシルバー騎士団の者が数名見えた。50名のリージョンの隊員を2列にきちんと整列させている。そのうちの一人が後ろにやって来て、ソアの前の少年の背中をバチンと大きな竹の棒で打った。少年は叫んで、きっちりとした列を作った。やがてグループは二列のきれいな隊列となって、場内を着々と行進していった。
「戦いに向かう時は、一体となって行進する!」コルクが脇を行き来しながら大声で言う。「ここは君たちのお母さんの庭などではない。戦争に向かって行進しているのだ!」
ソアはリースの隣で行進し続けた。太陽の下で汗をかき、どこに連れて行かれるのだろうかと考えながら。エールのせいで、胃はまだむかむかする。いつになったら朝食になるのか、飲み物を飲めるのか、と考えていた。昨夜酒を飲んだことで再び自分を呪った
アーチ型の石の門を通って丘を上り下りするにつれ、周囲の野原にようやく到着した。 もう一つのアーチ型の石門を通り、競技場に入った。リージョンの訓練場だ。
目の前には槍投げ、弓矢を使った射的、投石など、あらゆる種目用の的や、剣で切るためのわらの山があり、それを見てソアの心臓は高鳴った。 入って武器を試し、訓練したかった。
ソアが訓練場に入って行こうとした時、後ろからあばらを肘で突かれた。ソアのように若い、6人の少年のグループが列から外れて来ていた。自分がリースから離れていたことに気づいた。フィールドの逆の側に連れてこられたのだった。
「訓練しようと思ったのか?」彼らが他の者たちから分かれ、的から離れていた時に、コルクがからかうように 聞いた。「今日は馬の訓練だ。」
ソアは見上げて、皆が向かって行った方を見た。フィールドのずっと向こう側で馬が数頭跳ねている。コルクは悪意のこもった笑みを浮かべた。
「他の者が槍を投げ、剣を振るう間、お前は馬の世話と糞の始末をするのだ。皆どこからか始めなければならない。リージョンへようこそ。」
ソアは気分が落ち込んだ。こんなはずではなかった。
「自分のことを特別だと思っているか?」隣を歩きながら、顔を近づけてコルクが尋ねた。ソアは彼が自分の気力をくじこうとしていると察した。「王とその息子がお前を気に入っているからと言って、そんなことは私にはなんの意味も持たない。お前は今は私の指揮下にあるんだ。わかったか?騎馬試合場でどんなすごいトリックを使おうが関係ない。お前はただの一人の少年だ。わかったかね?」
ソアはつばを飲み込んだ。長い、厳しい訓練の始まりだ。
もっと悪いことには、コルクが別の誰かをいじめに行くやいなや、ソアの前にいた鼻がぺちゃんこの、背の低いがっちりした少年が振り向いて、ソアに冷笑を浴びせた。
「ここにはお前の居場所はない。」彼は言った。「お前はごまかして入ったんだ。選ばれなかったんだからな。お前は本当はメンバーじゃない。僕たちとは違う。」
その隣にいた少年もソアの方を向いて鼻であしらった。
「みんな、お前が脱落するためになら何だってするからな。」彼は言った。「とどまるのは、入るほど簡単じゃないからな。」
ソアは彼らの憎しみにひるんだ。もう敵ができたなんて信じられなかった。自分が何か原因を作ったのかどうか、わからなかった。自分が望んだのはリージョンに入ることだけだったのに。
「自分のことに集中していたら?」声が聞こえた。
ソアが見回すと、背の高いやせた赤毛の少年がいた。顔中にそばかすがあり、小さな緑色の目をしている。ソアのほうに顔を突き出していた。「君たちだって、僕らみたいにここでシャベルですくっているんだからね、」付け加えて言う。「そんなに特別じゃないってことだよ。いじめるんなら他の奴にしたら。」
「自分のことだけやっていろ。」少年たちのうちの一人が返した。「さもないとお前のこともねらうぞ。」
「やってみろ。」赤毛が噛み付く。
「お前たちがしゃべるのは、私が命令した時だけだ。」コルクが少年の一人に向かって、頭をピシャリと叩きながら叫んだ。ソアの前にいた二人の少年たちはありがたがって後ろを向いた。
ソアは何と言ったらよいかわからなかった。赤毛の少年に感謝して隣に行った。
「ありがとう。」ソアが言った。
赤毛がこちらを向いて微笑む。。
「オコナーだ。握手したいけど、すると叩かれるから。見えない握手だと思って。」そう言うともっと口を広げて微笑んだ。ソアはいっぺんで彼が気に入った。
「あいつらのことは気にしなくて良いよ。」彼は付け加えた。「怖いだけなんだ。僕たちと同じでね。誰も何のために入隊したのかよくわかっていないんだ。」
やがてグループはフィールドの端にたどり着いた。馬が6頭跳ねていた。
「手綱を取れ!」コルクが命じた。「しっかりと握るんだ。馬がくじけるまで競技場を歩かせろ。はじめ!」
ソアは馬の1頭の手綱を握ろうと進み出た。その瞬間、馬は後ずさりして後脚で跳ね、危うく蹴られそうになった。ソアはびっくりして後ろにつまずいた。グループの皆が笑った。コルクがソアの後頭部を強く叩いた。ソアは振り向いて叩き返したい気分だった。
「お前はリージョンの一員だ。退いてはいけない。誰からも。人間でも、動物でもだ。さあ手綱を握れ!」
ソアは覚悟を決めた。前に進み、跳ね回る馬の手綱を握った。馬は引っ張り続けたが、なんとかしがみついて広い、土のフィールドを他の者たちと一緒に列になって歩かせ始めた。彼の馬は抵抗して、力いっぱいに引っ張った。ソアは引っ張り返し、簡単にはあきらめなかった。
「だんだん慣れるらしいよ。」
ソアは隣にやってきて微笑んでいるオコナーのほうを振り返って見た。「僕たちをくじけさせたいんだろう?」
突然、ソアの馬が止まった。いくら手綱を引いても動こうとしない。その時、ひどい匂いがした。有り得ないくらいの量の糞が出ていた。途切れそうにない。
ソアは、手に小さなシャベルを握らされるのを感じた。見上げるとコルクがそばにいて微笑んでいる。
「掃除しろ!」ピシャリと言った。
第十二章
ガレスは大勢の人でにぎわう市場に立っていた。日中だというのに、汗をかきながらマントを着て、目立たないようにしている。彼はいつも、一般市民の人間臭さが漂う宮廷内のこの場所、混みあう路地を避けていた。周囲は、値段の押し問答、取引をし、相手を負かそうとする者たちであふれていた。ガレスは隅のほうの露店で頭を下げ、店の果物を買いたいふりをしていた。数フィート先にはファースが立っていた。暗い路地の端で、ここへ来た目的を果たしていた。
ガレスは、会話が聞こえる距離のところに、姿を見られないよう背を向けながら立っていた。瓶入りの毒薬を売る傭兵のことをファースがガレスに話したのだった。ガレスは強力なもの、企みを確実に実行できるものが欲しかった。運を試すような危険は冒せない。自分自身の命も懸かっていた。
それは街の薬屋に頼めるような代物ではなかった。この仕事を任されたファースは闇市場にあたってみた後、報告を上げてきた。指差しで道案内をし、ファースはこの怪しい男のところに連れてきた。ガレスは今、路地の奥でこの男と内密の話をしている。すべてがうまく行くよう、騙されて違うものをつかまされないよう、ガレスは最終取引に自分もついて来ることにこだわった。そのうえ、ファースの能力を未だ完全には信じていなかった。自分でしなければならないことも幾つかあった。
二人はこの男を30分も待った。ガレスは市場の人ごみに押されながら、正体がわからないように祈るばかりだった。路地に背を向けている以上、自分のことを知っている人がいたとしても単に立ち去ればよく、男との関係は誰にもわからないだろうと思った。
「瓶の中身は何だ?」数フィート離れたところにいるファースがその男に尋ねた。
ガレスは、気づかれないよう少しだけ向きを変え、マントの隅から覗いた。ファースの反対側に立っているのは人相の悪い男だった。だらしなく、やせ過ぎで、こけた頬と大きな黒い目をしていた。ねずみのように見えた。瞬きもせずファースを見下ろした。 「金はどこだ?」男が答えた。
ガレスは、ファースがうまく乗り切ってくれれば、と願った。彼は、いつもへまをして台無しにするほうだった。
「薬の瓶を渡せば、金を渡す。」ファースは一歩も退かなかった。
よしよし、ガレスは感心した。
長い沈黙が流れてから、
「金を今半分渡せ。そうすれば薬の瓶がどこにあるか言う。」
「どこにあるかだって?」ファースは繰り返した。驚きのあまり声が上ずった。 「渡せると言ったじゃないか。」
「そうだ、渡せると言った。だが、持って来るとは言っていない。俺のことをなめるなよ。スパイはどこにでもいるんだ。お前さんが何を企んでるかは知らない。でも生易しいことじゃないのは想像がつく。他に毒薬入りの瓶を買う理由なんてないものな。」
ファースは思案した。ガレスには、油断につけこまれたとわかった。
結局、硬貨の立てる音がして、ファースの袋から金貨が男の手に落ちていくのが見えた。
ガレスは待った。永遠のようにも思える一瞬だった。持って行かれるのでは、とますます不安が募った。
「ブラックウッドに行け。」男が最後に答えた。「3マイル目に、道が分かれているところで丘に続くほうへ行く。頂上でまた分かれ道になる。今度は左だ。暗い森を抜けて行くと、狭い、開けた場所に出る。そこが魔女の家だ。お望みの薬の瓶を用意して、お前のことを待っているよ。」
ガレスがフードから覗くと、ファースは出発しようとしていた。その時、男が急に手を伸ばし、ファースのシャツをつかんだ。
「金だ。」男がうなった。「これじゃ足りない。」
ガレスはファースの顔に恐怖が広がるのを見た。そしてこの仕事に彼を送り込んだことを後悔した。このだらしない男は、その恐怖を見抜いたに違いない。そしてそこにつぃけ込んだ。ファースはこういうことには向いていない。
「お前が言ったとおりに渡したぞ。」ファースは抗議した。声が高くなり過ぎている。めめしい響きだ。相手をますます付け上がらせる。
男はにやりとよこしまな笑いを返した。
「もっとよこすんだ。」
ファースの目は恐怖と不安で見開かれた。そして突然、振り向いてガレスを見た。
ガレスは顔をそらした。間にあっていてくれれば、見つからないで欲しい、と願いながら。ファースはどうしてこんなに愚かなのだ?彼を使いにやらなければ良かった、と願った。
待っている間、ガレスの心臓は速く打った。心配しながら、興味を装おって果物を触っていた。背後で果てしなく長い沈黙が流れた。すべてが間違った方向に行ってしまったかも知れないと考えた。
お願いだ、こっちに来ないでくれ。ガレスは祈った。 お願いです。何でもしますから。こんな計画は辞めますから。
ごつい手で背中をピシャリと叩かれた。振り向いて見た。
男の大きく、黒い魂の抜けたような目がガレスを、覗き込んだ。
「相棒がいるなんて言わなかったじゃないか。」男はどなった。「それともあんたはスパイか?」
ガレスが反応する間もなく、男は手を伸ばしてガレスのフードを引っ張った。ガレスの顔を観察するとショックで目を大きく見開いた。
「王子だ。」男はどもった。「こんなところで一体何を?」
一秒もすると男は気が付いて目を細め、自分で答えを察した。満足そうな笑みを浮かべ、一瞬にして陰謀を見破った。ガレスが願ったよりも男は頭が良かった。
「なるほど。」男は言った。「薬の瓶はあんたのためだったのか。そうだろ?誰かに毒を盛ろうとしているんじゃないか?一体誰に?それが問題だ・・・。」
ガレスは心配で顔に血が上った。この男は、頭の回転が速すぎる。もう遅い。自分の世界が壊れていく。ファースがすべて台無しにした。もしこの男がガレスの正体を明かしたら、彼は死刑になるだろう。
「あんたの父上かい?」男が聞いた。事情を察して目が光っている。「そうに違いないな。そうだろう?あんたは飛び越された。父親だ。父親を殺そうとしているんだ。」
ガレスは、もうたくさんだと思った。ためらいもなく前に進み出ると、マントから短刀を出して男の胸を刺した。男はあえいだ。
ガレスは、通行人に気づかれたくなかった。男を自分のチュニックでつかむと、もう少しで顔と顔が触れて腐った息が匂うくらい、近くに引き寄せた。空いたほうの手で男が叫ぶ前に口を塞いだ。ガレスは男の熱い血が自分の手に滴り落ち、指を伝っていくのを感じた。
ファースはそばにやって来て、恐怖で叫び声を上げた。
ガレスは男をそのまま抱えていた。60秒ほどして、ついに男が自分の腕の中でぐったりとなった。男は倒れ、ぐにゃりと地面に横たわった。
ガレスはくるりと向きを変えると、見られたかと考えた。幸い、この混雑した市場の、この暗い路地でこちらに顔を向けている者はいない。マントを脱ぎ、死体の上に投げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。」ファースはガレスに近づき、まるで少女のようにヒステリックに泣いて震えながら繰り返していた。「大丈夫?大丈夫?」
ガレスは手を出して、ファースを手の甲で叩いた。
「口を閉じてすぐにここから消えろ。」ガレスがなじった。
ファースは振り向いて、急いでいなくなった。
ガレスは行こうとしていたが、立ち止まって振り返った。一つやり残したことがある。死んだ男の手から硬貨の袋をつかみ取り、自分の腰帯に入れた。
男にはもうこれは必要ない。