Kitabı oku: «英雄たちの探求 », sayfa 5
第十三章
ガレスは森の中の道を急いだ。その隣でファースは、暑さにも関わらずフードを深くかぶっている。ガレスは、避けたかった事態に今自分が置かれているとはなかなか考えられなかった。死体という手がかりがある。あの男が誰かに話していたかなんて誰も知らない。ファースは、取引をもっと慎重にやるべきだった。手がかりはガレスまでたどり着くかも知れない。
「ごめんなさい。」ファースが言った。急いでガレスに追いつこうとする。
ガレスは怒りのあまり、彼を無視し、ペースをなお速めた。
「お前のしたことは愚かで弱虫のようだった。」ガレスは言った。「私のほうを見てはいけなかった。」
「見ようとは思わなかった。でも金を請求されたとき、どうして良いかわからなかった。」
ファースの言う通りだった。確かに難しい状況だった。あの男は利己的で欲深かった。約束を覆し、それは死に値した。ガレスは彼に涙もくれてやらなかった。殺人を目撃した者がいないことを願っただけだった。要らないのは手がかりだ。父を暗殺したら、その後大変な捜査が行われるだろう。どんな小さな手がかりも残すわけにはいかない。
少なくとも、二人は今ブラックウッドに来ている。夏の太陽が出ていても、ここはほとんど暗闇だ。ユーカリの高い木がすべての光を遮断していた。ガレスの気分にぴったりだ。この場所は嫌いだった。死んだ男の指示に従って、曲がりくねった小道を歩き続けた。彼の言ったことが本当で、迷うことがないようにと願った。すべて嘘かも知れない。あるいは、罠にかけて、男の知り合いか何かが更に金を奪おうと待っているのかもしれない。
ガレスは自分を責めた。ファースを信用し過ぎた。すべて自分一人でやればよかった。いつもそうしてきたように。
「この道を行けば魔女のところに出るんだと願うしかないな。」ガレスはいやみを言った。「そして魔女が毒を持っていることを。」
二人は小道をずっと奥まで進み、分かれ道まで来た。男が言った通りだ。幸先が良いぞ。ガレスは少し安心した。右へ行き、丘を登って再び分かれ道に出た。彼の指示は正しかった。そして目の前には今まで見たこともないような暗い森があった。森はうっそうとしていて、木々がひどく捻じ曲がっていた。
ガレスが森に入ると同時に、背筋が寒くなった。邪悪な空気が漂っている。まだ日中だというのが信じられない。
怖くなって引き返そうかと考えた時、目の前で道が途切れ、小さな空き地に出た。木々の間を抜けて射し込む、一筋の日の光に照らされている。中央に小さな石の家があった。魔女の家だ。
ガレスの心臓が速く打った。空き地に入り、誰も見ていないか、罠ではないか、見回して確かめた。
「あの男は本当のことを言っていたんだ。」ファースが興奮した声で言った。 「そのことには何の意味もない。」ガレスは叱るように言った。「外にいて番をしていてくれ。誰かが近づいてきたらノックするんだ。そして何もしゃべるな。」
ガレスは目の前にある小さなアーチ型の木戸をノックもせず、鉄の取っ手をつかんで開けた。ガレスはかがんで中に入り、2インチの厚さの扉を後ろ手で閉めた。
中は、部屋中あちこちにあるろうそくの灯りだけに照らされ、暗かった。一部屋だけのこの家には窓もなく、重苦しいエネルギーに包まれていた。彼はそこに立ち、重い沈黙に息苦しくなりながら、これから起こることに備えた。邪悪な雰囲気が感じられた。肌がぞっとする。
影から動きを察した。そして音も。
こちらに向かって、縮んだ、せむしの老女がよたよたと歩いてきた。持ち上げたろうそくが、いぼとしわだらけの顔を照らしていた。老女は、彼女の家を取り囲むこぶだらけの木よりも古いぐらい、昔の人間に見えた。
「暗闇の中でもフードをかぶっていなさる。」老女は不吉な笑みを浮かべて言った。 バリバリという木の音のような声だ。「 やましいことを企んでおいでだね。」
「薬の瓶を求めて来ました。」ガレスは素早く言った。勇ましく、自信に満ちているふりをしているが、声は震えていた。「シェルドレークの根があると聞いた。」
長い沈黙の後、恐ろしいガラガラ声が小さな部屋にこだました。
「あたしが持っているかどうかなんて問題じゃない。問題はお前さんが何のために要るのかだ。」
ガレスがどう答えるか考えている間、心臓が大きく脈打った。
「なぜ気にするのだ?」やっと尋ねた。
「誰を殺すのか知るのが楽しいからさ。」女が言った。
「あんたには関係がないだろう。金は持ってきた。」
ガレスが腰帯に手を伸ばし、死んだ男に渡した分ともう一つの金貨の袋を出して、小さい木のテーブルの上に二つとも音を立てて置いた。硬貨の金属音が部屋に鳴り響いた。
これで老女をなだめられれば、と思った。目当てのものを渡してもらったら、ここを出られる。
魔女は、長く、曲がった爪のある指一本で袋の一つを取り上げ、中を調べている。ガレスは息を潜め、魔女がこれ以上何も尋ねないでいてくれることを願った。
「これはちょうどあたしの口止め料になる。」老女は言った。
そして向きを変えて暗闇のほうへよたよたと歩いた。シューッという音がして、ろうそくの脇で老女が液体を混ぜて小さなガラス瓶に入れているのが見えた。そして泡立った薬の瓶にコルク栓をした。待っている間、時間がゆっくり流れ、ガレスはだんだん我慢できなくなってきた。山のような心配事が心の中で渦巻いた。もし今ここで見つかったら?もし違う薬を渡されたら?老女が誰かにこのことを話したら?私のことは気づいただろうか?どうだかわからない。
ガレスはこの計画全体への不安を募らせていた。人の暗殺がどんなに大変なことか、知る由もなかった。
永遠とも思われる沈黙のあと、魔女が戻ってきて、彼に薬の瓶を渡した。ガレスの手の中に埋まりそうなくらい小さな瓶だった。
「こんなに小さい瓶なのか?」彼は尋ねた。「ちゃんと目的を果たすのだろうな?」
魔女は笑った。
「こんなに少ない量で人を殺せるのか、とびっくりするだろうよ。」
ガレスは振り向き、扉のほうへ向かった。その瞬間、冷たい指の感触を肩に感じた。彼女がどうやったらそんなに早く部屋の中を移動できるのかわからない。怖くなった。彼は凍りつき、振り返って魔女のほうを見ることもできずに立っていた。
魔女が彼の向きを変え、かがんで近づいた。ひどい悪臭を放っていた。急に両手を上げたかと思うと、彼の頬をつかみ、キスをした。しなびた唇を彼の唇に押し付けた。
ガレスは胸が悪くなった。これほど気分が悪くなるような目にはあったことがない。唇はとかげのようだし、押し付けてきた舌も爬虫類のそれだ。彼は体を離そうとしたが、老女は彼の顔をしっかりつかんでもっと近くに引き寄せようとする。
やっとのことで、ガレスは老女から離れることができた。手の甲で口を拭いた時、老女は反り返って笑った。
「最初に人を殺す時が一番大変だ。」彼女が言った。「次からはずっと楽になるだろうよ。」
*
ガレスは家を飛び出した。空き地に戻るとファースが彼を待っていた。
「どうしたの?何があったの?」ファースが心配して尋ねた。「まるで刺されたか何かみたいに見えるよ。怪我をさせられたの?」
ガレスは荒く息をしながら少し休んだ。口を何度も拭って。何と答えたら良いかわからなかった。
「すぐにここから出よう。」彼は言った。「今すぐにだ!」
空き地を抜けて暗い森へと移動し始めたとき、空を走る雲が太陽を遮り、晴れわたった日が一瞬にして暗く、冷んやりとしたものになった。黒く、厚い雲がこれほどの速さで現れるのをガレスは見たことがなかった。何が起こるにせよ、尋常でないことは確かだった。夏の日に冷たい風が立ち、首の後ろを這い上がっていったとき、ガレスは魔女の強大な力に恐怖心を覚えた。彼は、魔女があの時のキスで自分を所有し、何らかの呪いをかけたのだと思わずにはいられなかった。
「家の中で何があったの?」ファースが問い詰めた。
「話したくない。」ガレスは言った。「この日のことは二度と考えたくない。」
二人は小道を急いで戻って行った。丘を下り、間もなく宮廷へと続く森の本道に出た。ガレスがほっとして、今日の出来事を頭の片隅に押しやろうとしていたとき、突然長靴の音が聞こえた。振り返り、男たちの一団が二人のほうへ向かってくるのを見て目を疑った。
酔っ払いの弟ゴドフリーが、悪党のハリーや他の悪友2人と一緒に、笑いながらこちらに向かって歩いてくる。よりによって、この場所、このタイミングで弟に出くわすとは。森の中の、何もないところで。ガレスは、自分の計画の一切が呪われているような気がした。
ガレスは顔をそらし、フードを目深にかぶった。見つからないことを祈りながら足を速めた。
「ガレスか?」声がした。
選択の余地がなかった。足が止まった。ガレスはフードを上げ、振り向いて弟のほうを見た。楽しそうに踊りながらこちらへやってくる。
「こんなところで何をしてるんだ?」ゴドフリーが尋ねた。
ガレスは口を開いたが、どもって言葉を失い、黙ってしまった。
「散歩に行っていたんだ。」ファースが助け舟を出した。
「お散歩ですって?」ゴドフリーの友人の一人が、ファースの甲高い、女のような声を真似て言った。他の友人も笑った。弟や友人たちが、自分がどういう“たち”かで自分を判断しているのがガレスにはわかっていた。だが、今はそんなことは気にならない。話題を変えなければならなかった。ここで何をしていたのか、疑われたくなかった。
「お前こそ何をしているんだ?」反対にガレスが聞いた。
「サウスウッドのそばに新しい酒場ができたんだ。」ゴドフリーが答えた。「試しに行ってきたところだ。国中で一番のエールなんだ。少し要るかい?」樽を持ち上げて聞く。
ガレスはすぐに首を振った。ゴドフリーの気をそらさなければならないとわかっていたため、話題を変えて叱るのが一番だと思った。「日中に酒を飲んでいるのを見つけたら、父上はお怒りになるぞ。 」ガレスが言った。「そんなものは置いて宮廷に帰ったほうが良い。」
これが効を奏した。ゴドフリーは嫌な顔をしてにらみつけた。明らかにガレスのことは頭から離れ、父と自分のことを考えていた。
「いつから兄さんは父上がどうしたいか気にするようになったんだ?」ゴドフリーが言い返した。
ガレスは、もうたくさんだと思った。飲んだくれのために無駄にしている時間はない。 弟の気をそらすという目的は達せられた。ここで彼に遭遇した理由についてもうこれ以上考えないでおこうと思った。
ガレスは振り返り、道を急いだ。後ろからばかにしたような笑い声が聞こえた。もう気にしなかった。直に笑えなくなるのは弟のほうだ。
第十四章
ソアは木のテーブルで、広げた弓矢のかけらを相手にせっせと作業をしていた。そばには、リースとリージョンのメンバー何人かが座っていた。皆、武器の上にかがみ込み、弓を彫り、弦をきつく張るのに忙しかった。
「戦士は、自分の弓の弦の張り方ぐらい知っておくものだ。」少年たちの列を行き来し、かがんで皆の仕事を吟味しながら、コルクが大声で言った。「ちょうどよい強さでなければならない。弱いと矢は的に届かない。強すぎれば、ねらいが定まらない。武器が戦いのさなかに壊れることはある。旅の途中でもそうだ。出先でも修理できるよう、やり方を知っておかなければならない。偉大な戦士は、同時に、鍛冶職人、大工、靴職人、そして何でも直せる修理屋でもあるのだ。そして、自分で直した経験を積むまでは、自分の武器を本当に知ったことにはならない。」
コルクはソアの後ろで止まり、肩から覗き込んだ。彼は、ソアの手から木の弓を取り上げたとき、弦で手の平を怪我した。
「弦がしっかり張られていない。」コルクが叱った。「曲がっている。戦いでこのような武器を使ったら死ぬのは確実だ。パートナーも隣で死ぬことになる。」
コルクは弓をテーブルの上に音を立てて戻した。他の少年が何人かほくそ笑んだ。ソアは赤くなって、弦をつかみ、できるだけぴんと引っ張り刻み目に巻き付けた。この作業をもう何時間も続けていて、体力を消耗する労働や雑用の限界だった
他の者はたいていスパーリングや剣で戦う訓練を受けていた。外を見やると、兄たちが3人とも木の剣を鳴らしながら笑っているのが遠くに見えた。いつもながらソアは、自分が陰の部分に取り残されている間、彼らが日の目を見ているような気がした。不公平だ。ここでは、まるでリージョンの本当のメンバーではないみたいに、自分は要らない存在なのではないかという気がだんだんしてきた。
「心配するな。すぐに要領がつかめるよ。」オコナーが隣で言ってくれた。
ソアの手は何度も試していてすりむけてきた。今一度全力で弦を引っ張った。自分でも驚いたが、ついにカチッという音がした。弦は刻み目にしっかりはまり、ソアは汗をかきながら力を込めて引いた。ようやく自分の弓が思うとおりの強さになったという満足感が得られた。
影が長くなってきた頃、ソアは手の甲で額の汗を拭い、あとどれだけこれが続くのだろうと思った。彼は、戦士であるということはどんな意味を持つのだろうと考えた。自分の頭の中では、違った見方をしていた。いつも訓練をしているというイメージだった。だが、これも一種の訓練なのだろうと考えた。
「僕だってこんなことのために応募したわけじゃない。」オコナーが、まるでソアの心を読んだみたいに言った。
ソアは彼のほうを向き、この友人のいつもながらの笑みにほっとした。
「僕は北の地方から来たんだ。」彼は続けた。「僕もずっとリージョンに入隊することを夢見てきたんだよ。いつでもスパーリングや闘いをするんだと思っていた。 こういう雑用なんかないんだと。でも、きっと状況は良くなる。僕たちがまだ新入りだからだ。入団の過程だろう。ここには上下関係があるようだ。一番年下だしね。同じことをしている19歳は見たことがないから、ずっと続くわけがない。第一、身に付けておくと役に立つ技術だ。」
ホルンが鳴った。ソアが見渡すと、リージョンの他の者たちがフィールド中央の巨大な石壁の脇に集合している。そこには、10フィートの間隔をあけてロープがゆるやかにかけられている。壁の高さは30フィートはあるに違いない。下には干草の山が積んである。
「何を待っているんだ?」コルクが叫んだ。「動け!」
周りにシルバー騎士団が叫び声を上げながらやってきた。ソアも他の少年も、あっという間にベンチから飛び上がり、壁に向かってフィールドを横切って走っていった。やがて全員がそこに集まり、ロープの前に立った。リージョンの隊員全員が一体となって整列し、興奮した空気がみなぎった。ソアは他の隊員たちとやっと一緒になれて有頂天になっていた。別の友達と共にいるリースのほうへ引き寄せられているのに気づいた。オコナー も加わった。
「戦いで、たいていの街が城壁で囲まれているのに気づくだろう。」コルクが少年たちの顔を見回しながら大声で言った。「城壁を突破するのも兵士の仕事だ。一般的な包囲攻撃では、ロープとこの壁にかけてあるような引っ掛け棒が使われる。そして城壁を登るのは実戦で経験する、最も危険な技だ。それ以上に敵にさらされ、攻撃を受けやすい状況はあまりない。敵は溶かした鉛を注いでくることもある。 矢も射るだろう。岩を落とすかもしれない。今なら大丈夫だという時まで城壁を登っていけない。そして実行の時には命を賭けて行う。さもないと死の危険が伴う。
コルクは深呼吸をしてから叫んだ。「始め!」
コルクの周りで少年たちが行動に移る。皆ロープを掴んだ。ソアも駆けて行き、空いているロープを掴もうとした時に年上の少年がソアを押しのけ、先に手を伸ばした。 ソアは先を争い、一番近くにあったのを見つけて掴んだ。太くより合わせてあるものだ。壁を敏捷にはい上がり始めた。心臓が高鳴る。
日の光はかすんでぼんやりしている。ソアは岩で足をすべらせた。それでもかなりの健闘で、登りながら多くの少年たちを抜いているとわかった。ほとんど先頭だ。彼は今日という日で初めて、良い気分になった。誇りが感じられた。
突然、何か堅いものが肩にぶつかった。見上げると、シルバー騎士団の者たちが城壁の上から小さな石や棒、色々な破片を投げている。ソアの隣のロープの少年は、顔をかばおうと片手を上にかざしたためにロープを握りそこない、後ろ向きに地面に落ちた。20フィートはあっただろう。下の干草の山に着地した。
ソアも手を離しかけたが、何とかしがみついた。こん棒が降ってきてソアの背中を打ったが、登り続けた。順調に進み、頂上に一番乗りできるかもと考え始めたとき、いきなりあばらを強く蹴られるのを感じた。どこから来たのかもわからずに見回すと、近くの少年たちの一人が横向きに振れている。ソアが反応する間もなく、また蹴ってきた。今度は握りそこね、空中で脚をばたばたさせながら後ろ向きに落ちた。干草に背中から落ちた。怪我はなかったが、ショックを受けていた。
すぐに手と膝をついて起き上がり、息をついて周囲を見回した。周りでも少年たちがハエのようにロープから落ちてきていた。お互い、蹴られたり押しのけられたりして、干草に着地している。—あるいは、上のシルバー騎士団のメンバーに蹴られたのかもしれない。蹴られなかった者はロープを切られ、やはり落ちてきた。頂上に着いた者は一人もいなかった。
「立て!」コルクが叫んだ。ソアは他の少年たちと共に飛び上がった。
「剣を持て!」
少年たちは木の剣が掛けてある棚へ一団になって走って行った。ソアもそれに混じって一本手に取り、その重さに衝撃を受けた。今までに持ち上げた武器の二倍はある。持っていることさえできない。
「重い剣だ。始め!」声が聞こえた。
見上げると、ばかでかいエルデンがいた。リージョンに来たとき、最初に自分を攻撃してきたあの少年だ。ソアはよく覚えていた。自分がお見舞いした顔の打ち身がまだ痛んでいるようだった。剣を高く上げ、怒りをあらわにして、上からのしかかってくる。
ソアは最後にやっと剣を持ち上げ、エルデンの攻撃をかわした。だが剣があまりに重くて抑えることができない。体格もよく力のあるエルデンはソアを囲み、あばらを思い切り蹴った。
ソアは痛みで膝をついた。エルデンがもう一度振り返って顔を打とうとしたが、ソアはどうにか手を伸ばしてすんでのところで攻撃をかわした。それでも、エルデンは素早く、強過ぎた。剣を振り回し、ソアの脚を打った。ソアは彼の脇に倒れた。何人かの少年が集まってきた。二人の闘いは注目の的となり、はやしたり、叫んだりしている。皆、エルデンを応援しているように見えた。
エルデンはまた剣を持って近づき、強く振り下ろした。ソアは転がってよけた。剣が背中に当たるところだった。一瞬のすきがあり、ソアはそこを突いた。くるりと向きを変え、エルデンの膝の後ろを打った。弱点だ。相手を倒すには十分で、エルデンは後ろ向きによろよろと倒れた。
ソアはその間に素早く立ち上がった。エルデンも怒りを募らせ、赤い顔をしながら立ち上がる。二人が向かい合った。
ソアは、そこにただ立っているだけではいられないとわかっていた。突進して剣を振り回したが、この練習用の剣は特殊な木で作られていて異様に重かった。彼の動きは相手に感づかれ、いとも簡単にかわされた。そしてエルデンはソアのあばらにこぶしの一撃を食らわせた。
弱点を突かれたソアはひっくり返って剣を落とし、息もできなくなった。
他の少年たちは喜びで湧き返った。ソアはそこに跪き、武器も持たず、エルデンの剣先が喉に突きつけられているのを感じていた。
「降参しろ!」エルデンが迫った。
ソアはにらんだ。唇に血の塩辛い味がした。
「絶対にするものか。」挑戦的に言った。 エルデンは嫌な顔をした。剣を掲げ、今にも振り下ろそうとした。ソアにはどうすることもできなかった。 強力な一撃が待っていた。
剣が降りてくる時、ソアは目を閉じて集中した。世界がゆっくり動き始めるのを感じ、自分が別の国へ移動していく感じがした。空中で剣が振られるのが、その動きが急に感じられるようになり、宇宙にそれを止めさせようとした。
体が温かくなり、うずいた。集中するにつれ、何かが起きているのを感じた。自分でそれをコントロールできると感じた。
突然、剣が空中で止まった。ソアは。自分の力を使ってどうにか止めたのだった。エルデンがそこに立って剣を握ったまま混乱している間、ソアは意思の力でエルデンの手首を掴んだ。心の中でどんどんきつく押しつぶし、やがてエルデンは叫んで剣を落とした。
少年たちは皆沈黙した。凍りつき、恐怖に目を見開いてソアを見つめ、立ちすくんだ。
「悪魔だ!」一人が叫んだ。
「魔法使いだ!」他の少年が言った。
ソアは圧倒されていた。自分のしたことが理解できなかった。それでも普通でないことだけはわかっていた。ソアは誇らしい気持ちや勇気と同時に、動揺と恐怖も感じていた。
コルクが輪の中に進み出て、ソアとエルデンの間に立った。
「お前が何者であったとしても、ここは呪文をかける場所ではない。」彼はソアを叱責した。「ここは闘いの場所だ。お前は闘いのルールを無視した。自分がしたことを考えてみろ。お前を本当の危険に送り込むことにする。そこでどれだけ呪文が自分を守ってくれるかがわかるだろう。峡谷の警備兵のところへ向かえ。」
リージョンの皆が息をのみ、静かになった。それが何を意味するか、ソアにはわかっていなかった。何であろうと、あまり良いものでないことは察しがついた。
「峡谷になど行かせられない!」リースが反論した。「まだ新兵なんだ。怪我をしてしまう。」
「私は自分で決めたことはすべて実行する。」コルクはリースに向かって顔をしかめた。「お前の父上はここでは守ってはくれない。その子もだ。リージョンを動かしているのは私だ。お前は言葉に気をつけたほうが良いな。王族だからといって、思い上がった口をきいても良いとは二度と思うな。」
「良いだろう。」リースが答えた。「それなら、私も一緒に行く!」
「僕もだ!」オコナーがそう言って、前に進み出た。
コルクは見渡し、ゆっくりと首を振った。
「愚か者どもが。自分で選んだことだ。望むなら一緒に行け。」
コルクは振り返ってエルデンを見た。「お前もそう簡単に降りようと思うな。」コルクは言った。「この闘いを始めたのはお前だ。つけを払わなければならない。今夜、警備兵のところへお前も行くのだ。」
「しかし上官どの、私を峡谷に送ることはできません!」エルデンは恐怖を目を見開いて抵抗した。エルデンが怖がるのをソアは初めて見た。
コルクは進み出た。エルデンに接近し、腰に手を当てて言った。「私ができないと?」「お前を送ることができるだけでなく、口答えを続けるなら、永遠にリージョンから追放して王国の果てに飛ばすことだって私にはできる。
エルデンは顔をそらした。狼狽して答えることもできなかった。
「他に加わりたいものは?」コルクが呼びかけた。
年上で体格も良く、力のある他の少年たちが皆、恐怖のあまり目をそらした。ソアは皆の緊張した顔を見て驚いた。峡谷とはどんなにひどいところなのだろうと思った。
第十五章
ソアは踏みならされた道を、リース、オコナー、エルデンと並んで歩いていた。出発してから、四人はショックのあまりほとんど話をしていない。ソアはリースとオコナーのほうを、かつては感じたことのなかった感謝の気持ちをもって見た。あんな風に進んで自分のために申し出るなんて、到底信じられなかった。本当の友達か、兄弟を見つけたような気がした。峡谷で何が待ち受けているのかわからないが、何に直面することになっても、彼らが一緒なのが嬉しかった。
エルデンのほうは見ないようにしていた。石を蹴って怒りを抑えている彼が、自分たちと一緒に警備兵のところへ向かっているのにどれほど苛立ち、動転しているか見えるようだった。でもソアは彼にこれっぽっちの憐れみも感じなかった。コルクが言ったとおり、すべてのことの始まりは彼だったのだから。いい気味だ。
ばらばらな者が集まったグループの四人は、指示に従って道を進んで行った。もう何時間も歩いていて、夕方だ。ソアの足は疲れてきた。お腹も空いていた。昼食に大麦のシチューを小さなボウルに一杯与えられただけだ。どこに行くにせよ、食べ物が待っていてくれることを願った。
だが、もっと大きな心配があった。自分の新しい鎧を見下ろした。それなりの理由がない限り、自分に与えられるはずがない。送り出される時、四人とも新しい従者の鎧を与えられた。鎖かたびらのついた革製のものだ。粗い金属の短刀も渡された。騎士の剣を鍛造するような肌理の細かい鋼鉄ではない。それでも、何もないよりはましだった。もちろん、投石具は まだ持ち歩いていたが、その他に腰にちゃんとした武器を付けているのは気分がよかった。今夜大変な問題に直面したら、与えられた武器と鎧では十分でないとわかっていたが。リージョンの仲間が持っているような上等の鎧や武器が欲しかった。上質の金属でできたミディアムソードとロングソード、短い槍、槌矛、短刀、ほこやり。これらは、名家出身で栄誉と名声に恵まれ、そうした武器を所有することのできる少年たちのものだ。ソアのような、質素な羊飼いの息子とは違う。
宮廷の門から遠く離れた峡谷の境界線に向かって、二度目の日没まで果てしない道を歩き続けながら、ソアはこうなったのが全部自分のせいのように思わずにはいられなかった。 どういうわけかリージョンのメンバーには、ソアの存在自体に腹を立てているかのように、ソアが気に入らない者もいるようだ。全く筋が通らない。そのことでソアは気分が落ち込んだ。今までの人生で、リージョンに入隊することだけを望んできたのだから。まるで不正を働いて入り込んだかのような気がした。仲間に本当に受け入れてもらえる日が来るのだろうか?
挙句の果てに、今回峡谷での任務に向かうよう抜き出された。まったく不公平だ。 けんかだって自分から始めたわけではない。自分の力を使ったのも、それが何であれ、わざとではない。自分でも未だに何なのかわからないのだ。どこからそんな力が出て来るのか、どうやって呼び出すのか、あるいはおさめるのか。このことで罰を受けるのはおかしい。
ソアは、峡谷での任務が何を意味するのか見当もつかなかった。ただ、皆の様子からして明らかに望ましいものではなかった。これがもし、リージョンから追放する彼らのやり方なのだとすれば、死ぬために向かわされたのではないかという気がした。決してあきらめない、と心を決めた。
「峡谷まではあとどれくらいなんだ?」沈黙を破り、オコナーが尋ねた。
「そんなに遠くない。」エルデンが答えた。「ソアがいなければ、こんな目に合うこともなかったんだ。」
「けんかを始めたのは君じゃないか。覚えてる?」リースが遮った。
「俺はきたないやり方は使わなかった。でもあいつは違う。」エルデンが反駁した。「それに、あいつにはこの罰がぴったりだ。」
「どうして?」ソアが聞いた。ずっと心の中に渦巻いていた答えを知りたかった。「どうして僕にはふさわしいんだ?」
「俺たちの仲間じゃないからだ。リージョンのメンバーの資格をお前は盗み取った。俺たちは選ばれたが、お前は闘って無理やり入ってきた。」
「でもそれこそリージョンがやっていることじゃないか?闘うことが。」 リースが答えた。「僕は、ソアは僕たちの誰よりもリージョンに入るにふさわしいと思う。僕たちはただ選ばれただけだ。彼は自分に与えられなかったものを自分で闘って勝ち取った。」
エルデンは大したことはない、という調子で肩をすくめた。
「決まりは決まりだ。彼は選ばれなかった。俺たちと一緒にいちゃいけないんだ。だから俺はあいつと闘った。」
「僕を追放しようとなんてしないよな。」 ソアが答えた。声が震えていた。仲間に入れてもらおうと決めていた。
「そのうち分かるだろう。」エルデンは険悪な様子で言った。
「それはどういう意味だ?」オコナーが聞いた。
エルデンはもう何も言おうとせず、黙って歩き続けた。ソアは胃が締めつけられた。自分ではなぜなのかわからなかったが、敵を大勢作ってしまったような気がした。そういう感じがするのが嫌だった。
「あいつのことは気にするな。」リースがわざと聞こえるように大声でソアに言った。「何も悪いことはしていないのだから。峡谷に送られたのも、君に可能性があるからだ。君を鍛えたいんだ。でなければ関わりもしないよ。君は、僕の父が選んだから余計に目立つんだ。それだけだよ。」
「でも、峡谷の任務というのはどういうものなんだ?」ソアは尋ねた。
リースは心配そうな面持ちで咳払いをした。
「僕自身もしたことはないんだ。年上の友達や兄弟から話はいろいろ聞くけど。 警らの仕事だよ。ただし峡谷の向こう側のね。」
「向こう側?」オコナーが聞いた。声に恐怖感が表れている。
「向こう側ってどういうこと?」ソアは理解できずに聞いた。
リースが彼の顔を覗き込んだ。
「峡谷に行ったことがないのかい?」
ソアは皆の視線を感じた。自分を意識しながら、首を振った。
「うそだろ。」エルデンが言った。
「本当に?」オコナーが念を押した。「今まで一度も?」
ソアは赤くなって首を振った。「僕の父親はどこにも連れていってくれなかったから。聞いたことはあるけど。」
「多分、村から出たことがなかったんじゃないのか、坊主」エルデンが言った。「そうだろう?」
ソアは黙って、肩をすくめた。そんなにはっきりわかるのか?
「ないんだ。」エルデンは有り得ないという顔で言った。「信じられないな。」
「黙れ。」リースが言った。「ソアをそっとしておけ。そんなことを言ったからと言って、勝つわけじゃない。」
エルデンはリースを見てにやりとし、剣のさやに手を当てた。が、すぐにその手を緩めた。エルデンはリースより大きいが、王の息子を刺激したくないのは明らかだった。 「リングの王国の安全を守っているのは峡谷だけなんだ。」リースが説明した。「我々と悪者の群れとを隔てるものは他に何もない。ワイルドの蛮人たちが境界を侵したら、皆終わりだ。リング全体が、国王の兵隊が守ってくれるのを頼りにしている。リングを守るパトロールは常にいる。ほとんどはこちら側にだ。そして時には向こう側にも行く。両側をつないでいる橋はただ一つ。出入りする道も一つだ。そしてシルバー騎士団でも選り抜きの者たちが昼夜警備に立っているんだ。」
ソアは今までずっと峡谷のことを聞かされてきた。向こう側に潜む邪悪な者たちの恐ろしい話、リングを取り囲む巨大な悪の帝国のこと、そしていかに皆が恐怖と背中合わせに暮らしているか、ということを。それが、ソアが王のリージョンに入りたいと思った理由の一つだった。自分の家族と王国を守るためだ。ソアは、自分が王国の中で心地よく暮らしている間に、誰かが常に自分を守るためにそこに行っている、というのが嫌だった。自分も務めを果たし、悪 者の群れと戦って撃退したかった。峡谷の通路を守る者たちよりも勇気ある者など思いつかなかった。
「峡谷は幅1マイル、リング全体を囲んでいる。」リースが説明する。「これを侵すのは至難の技だ。群れを寄せつけないでいるのは、王の家来たちだけではない。外には数百万もの生き物がいて、この峡谷を侵略しようとすれば意志の力で一瞬にしてできるだろう。我々人間の力など、峡谷のエネルギーの盾に少し手を貸すぐらいのことしかできない。 彼らを寄せ付けない真の力は剣の持つ力にある。」
ソアが振り向いた。「剣?」
リースが彼を見た。
「運命の剣だ。伝説を知っているかい?」
「こんな田舎者は多分聞いたことがないだろう。」エルデンが口をはさんだ。
「もちろん知ってるさ。」ソアが自分を守ろうとむきになって言い返した。彼は知っているというだけでなく、今までその伝説について何日も考え続けたことがあった。いつも見てみたいと思っていた。伝説の、運命の剣。リングをその力で守ってきた魔法の剣。侵略者たちからリングを守ってきた強い力が峡谷にみなぎっていた。
「剣は宮廷にあるの?」ソアは尋ねた。
リースがうなずいた。
「何世代も、王家に伝わっている。それがなければ王国などないも同然だ。リングが侵略されてしまうからだ。」
「もし僕たちが守られているなら、どうして峡谷のパトロールをするんだ?」
ソアが聞いた。
「剣は大きな脅威だけを防ぐんだ。」リースが説明する。「小さな、個別の邪悪な生き物たちはどこにでも忍び込んでくる。それで警備の者が必要なんだ。一匹、あるいは小さな群れの一つでも生き物が峡谷を越えることは可能だ。大胆にも橋を渡ろうとするかも知れない。あるいは、こっそりと峡谷の壁を伝い降りて、別の場所から登ってくるかも知れない。それらを防ぐのが僕たちの仕事だ。たった一匹の生き物でも大きな被害をもたらすことがある。何年も前に一匹侵入したとき、つかまるまでにある村の子どもたちの半数が殺されたんだ。剣は大きな仕事をするが、僕たちだって欠かせない存在なんだよ。」
ソアは考えながら、すべてを呑み込んだ。峡谷は壮大で、自分たちの任務はすごく重要だ。自分がこの偉大な目的の一端を担うのか、と信じられない思いだった。
「でも、これだけじゃあまりうまく説明できていないんだ。」リースが言った。「峡谷にはもっといろいろなことがあるんだ。」そう言って黙ってしまった。
ソアはリースを見つめ、彼の目に恐怖や驚きを見た。
「どうやって説明したらよいのか」リースは言葉を見つけるのに苦労しながら言って、咳払いをした。「峡谷は我々のすべてよりもはるかに大きくて、・・・」
「峡谷は人間のものだ。」声が鳴り響いた。
声と馬の足音を聞いて、皆が振り向いた。
ソアは信じられなかった。馬で近寄ってきたのは、鎖かたびらを着け、素晴らしい馬の横に長く輝く武器を下げたエレックだった。ソアを見ながら皆に向かって微笑んだ。
ソアは衝撃に打たれて見上げた。
「ここは皆を男にする場所だ。」エレックは付け加えて言った。「もしまだなっていないなら。」
ソアはあの騎馬試合以来エレックに会っていなかった。彼が来てくれたことですごく安心した。峡谷に向かう自分たちのそばに真の騎士がいる。しかもエレック本人が。ソアは怖いものなどない気分になった。一緒に来てくれることを願った。
「ここで何をなさっているのですか?」ソアが尋ねた。「僕たちと一緒に行ってくださるのですか?」あまり必死になっていないふりを装いながら聞いた。
エレックは反り返って笑った。
「心配は要らない、若者よ。」彼は言った。「同行するぞ。」
「本当ですか?」リースが尋ねた。
「リージョンのメンバーが最初のパトロールに行く時には、シルバーのメンバーが付き添うならわしになっている。私はそれで申し出た。」
エレックは振り向いて、ソアを見下ろした。
「昨日はそなたに助けてもらったからな。」
ソアは、エレックの存在で心が温かくなった。友達の目にも元気が出てきたのが見て取れた。峡谷へ向かう道中、王国中で最も優れた騎士が付き添ってくれる。 恐怖感はほとんど消えた。
「パトロールにはもちろん同行しないが」エレックは付け加えて言う。「橋を渡るときに先導してキャンプまで行く。そこからパトロールに出るのは君たちの責任だ。」 「光栄です。」リースが言った。
「ありがとうございます。」オコナーとエルデンが同時に言った。
エレックはソアを見下ろして微笑んだ。
「何と言っても、そなたが私の第一従者になるのであれば、まだ死なせるわけにはいかない。」
「第一?」ソアは心臓が一瞬止まりそうになりながら尋ねた。
「フェイスゴールドは騎馬試合で脚を折った。最低8週間は戻ってこられないだろう。今ではそなたが私の第一従者だ。訓練を始めても良いだろう?」
「もちろんです。」ソアは答えた。
ソアは心が浮き立っていた。信じられないことだ。しばらくぶりに、つきがやっと回ってきた気がした。最も優れた騎士の第一従者なのだ。友人たちを皆飛び越えたような感じがした。
5人は日没に向かって西に歩き続けた。エレックは彼らの脇をゆっくりと馬で進む。
「峡谷へはいらしたことがありますよね?」ソアは尋ねた。
「何度もある。」エレックが答える。「最初のパトロールの時は、そなたと同じ年だった。」
「どうでしたか?」リースが尋ねた。
4人の少年たちは皆歩きながら振り返り、注意をエレックに向けた。エレックはしばらく黙って進んだ後、あごを引き真っ直ぐ前を見た。
「初めて経験した時のことは忘れないものだ。説明するのは難しい。 奇妙で、不思議かつ神秘的、そしてとても美しいところだった。向こう側には、想像を絶する危険が待っている。橋は長く勾配が激しい。パトロールをしている者は沢山いるが、いつも孤独感がある。そこでは自然が最高の美しさを見せてくれる。その影の側に入ると圧倒される。そこを私たちは何百年もパトロールしてきた。通過儀礼だ。この経験がなければ本当の危険がどういうものか理解できない。騎士にはなれないのだ。」
エレックは沈黙した。4人は不安になり、互いの顔を見合わせた。
「では、向こう側では小競り合いがあると思っていたほうがよいのですか?」ソアが尋ねた。
エレックは肩をすくめた。
「ワイルドに至れば、何でもあり得る。あまりないが、可能性はある。」
エレックはソアを見た。
「良き従者に、そしていつか偉大な騎士になりたいか?」ソアを真っ直ぐに見ながら聞いた。
ソアの心臓が速く打った。
「はい、何をおいても。」
「それでは学ぶべきことがある。」エレックは言った。「強いだけではだめだ。敏捷であったり、闘いにたけていたりするだけでも十分ではない。他の何か、それらすべてのことよりも重要な何かが必要なのだ。」
エレックがまた沈黙した。ソアは待ちきれなくなった。
「何ですか?」ソアが聞いた。「何が一番重要なのですか?」
「健全な精神を持っていることだ。」エレックが答えた。「決して恐れてはならない。暗い森に入り、最も危険な戦いに、心を平静に臨まねばならない。常に心は平静に保つのだ。いつも、どこにいても。決して恐れず、常に警戒していること。常に気を抜かず、いそしむこと。もはや、誰かが自分を守ってくれるのを期待してはならない。そなたはもうただの市民ではないのだ。今では王の軍団の一員だ。戦士の最も優れた特性は、勇気と心の静けさである。危険を恐れてはならない。危険があるものと思うこと。ただしそれを求めてはいかないことだ。」
「我々が住んでいるリング、」エレックは続ける。「王国。それを我々は王の兵隊とともに外界の生き物の群れから守っているように見える。だがそうではない。我々は峡谷に守られているに過ぎない。そしてその中の魔法によって。我々は魔法使いの輪の中に住んでいるのだ。そのことを忘れてはいけない。私たちは魔法により生かされ、死にもする。安全は峡谷のいずれの側でも保証されていない。魔法を取ったら、我々には何も残らないのだ。」
皆はしばらく黙ったまま歩き続けた。ソアはエレックの言葉を何度も心の中で反芻していた。彼には、エレックが秘密のメッセージを自分に伝えているように思えた。ソアがどんな力を持ち、いかなる魔法を呼び出すにせよ、それを恥じることはないのだと教えてくれているような気がした。実際、それは誇るべきことであり、王国のすべてのエネルギーの源であった。ソアは気が楽になった。ソアは、ここ峡谷に送られたのは自分が魔法を使ったことへの罰だと思って、罪の意識を感じていた。でも今は、それが何であろうと自分の力を誇りに思っていた。
他の少年たちが前の方へ行くにつれ、エレックとソアは後ろをついて行った。エレックはソアを見下ろした。
「宮廷で手ごわい敵を作ったようだな。」彼は言った。その顔は面白がっていた。「友達も同じぐらいたくさんできたようだが。」
ソアは恥ずかしくて顔が赤くなった。
「どうしてかわからないんです。そうしようと思ったわけでもないのに。」
「敵は作ろうと思ってできるものではない。たいてい、妬みからできるものだ。相当妬まれているようだな。それは必ずしも悪いことではない。そなたは色々な憶測が飛ぶ、話題の中心にいるのだ。」
ソアは理解しようとして頭を掻いた。
「なぜかわからないんです。」
エレックはまだ面白い、という顔をしている。
「王妃がそなたの敵の中心人物のようだ。そなたはどうやらあの方を敵に回したみたいだな。」
「母上が?」リースが聞いた。「どうして?」
「それが、私もなぜなのかずっと考えていたことだ。」エレックが言った。
ソアは嫌な気持ちになった。王妃が?敵に?自分が何をしたというのだろう?想像もつかない。王妃の目に留まるほどの重要人物にどうやったら自分がなるというのだ?自分の周りで起きていることがさっぱりわからなかった。
突然、何かが見えてきた。
「私がここに、峡谷に送られたのは王妃が理由なのですか?」ソアが聞いた。
エレックはこちらを真っ直ぐに見た。真剣な顔つきになっている。
「そうかも知れない。」考えながら彼は言った。「王妃なのかも」
ソアは自分が作った敵の多さ、深さを考えた。自分は宮廷のことを何も知らないままそこに入ることになった。ただ一員になりたかっただけだ。自分の情熱や夢を追いかけて、それを達成するためにできることをしただけだ。そうすることで妬みや嫉妬が生まれるなんて思いもよらなかった。心の中でそのことを、まるでなぞなぞのように何度も考えたが、結論は出なかった。
ソアがこうした考えに耽っている間に、一行は丘の頂上に着いた。眼前に広がっている景色に、すべての想念が消し飛んだ。ソアは息が止まりそうだった。強風のためではなく。
そこでは、目の前にはるか遠くまで峡谷が広がっていた。ソアは初めて見る景色に衝撃を受け、動くこともできず、釘付けになっっていた。これほど雄大な景色は見たことがない。大地の巨大な裂け目は永遠に続き、兵士が並ぶ、たった一本の狭い橋でつながれている。橋自体が地の果てまで続いているように見える。
峡谷は第二の日没が放つ緑色や青に照らされ、その光は壁で跳ね返って輝いていた。ソアはわれに返り、皆と一緒に橋に向かって歩いて行き、峡谷の崖下を見下ろした。まるで地球の腹の中に落ちていくようだった。ソアには底が見えなかった。底がないからなのか、靄がかかっているためなのかもわからなかった。崖を縁取る岩は数百年前のものにも見えた。何世紀も前に嵐が残したに違いない模様がある。今まで見た中で最も原始的な場所だ。地球がこれほど大きく、活気に満ちたものだとは思わなかった。
あたかも万物が誕生するときに戻ったようだ。
ソアは周りの者たちも息をのむのを聞いた。
自分たちたった4人でこの峡谷をパトロールするなんて笑い種だ。景色を見ただけでも自分たちがちっぽけに感じられた。
橋に向かって歩く途中、いずれの側の兵士も直立不動の姿勢をとった。新しいパトロールに道を開ける。ソアは脈拍が速くなるのを感じた。
「ここをたった4人でどうパトロールしたらよいのかわからないよ」オコナーが言った。
エルデンがほくそ笑む。
「他にもパトロールはたくさんいる。俺たちは歯車の一つに過ぎない。」
橋を渡るとき聞こえたのは風の音と自分たちの靴音、そしてエレックの馬の足音だけだった。ひづめはこもった、安心感を与える音をたてていた。この現実離れした場所で、唯一すがりたくなる、実体のあるものだった。
エレックを前に直立不動の姿勢を崩さない兵士たちは、誰も一言もしゃべらない。何百人もの人をこうして通してきたのだろう。
前進する時にソアは、両側の手すりに沿って1フィートごとに、野蛮な侵入者の首が釘に突き刺してあるのに気づいた。中にはまだ血を滴らせているものもある。
ソアは目をそらした。あまりにも生々しい。心の準備ができているかどうか自分でもわからない。ここに並ぶ首を取ったと思われる小競り合いや、失われた命、向こう側で自分を待ち受けていることなどを、ソアはあまり考えないようにしていた。自分たちは戻ってこられるだろうか、とソアは考えた。これがこの旅の目的なのか?自分を死に至らしめることが?
ソアは、端を、限りなく続き視界から消える崖を見渡し、遠くで鳴く鳥の甲高い声を聞いた。聞いたこともない音だった。どんな種類の鳥だろう、そして向こう側には他にどんな危険な動物が潜んでいるのだろうと考えた。
だが、気がかりなのは動物でも、釘に刺した首でもなかった。何よりも気になっていたのはこの場所が持つ感覚だった。それが靄なのか、音を立てる風なのか、それとも空の広さあるいは日没の光なのかは見分けられなかった。だが、この場所の持つ何か、それはすごく非現実的だった。彼を運び去り、包んだ。重い魔法のエネルギーが自分にのしかかっているのを感じた。これが剣の守護、古代の力のどちらなのだろう、とソアは考えた。ただ単に土地を横切るだけでなく、生き物が住む別の世界へと入るような感覚があった。 人生で初めて、峡谷の向こう側で、自分を守るものもなく一夜を過ごすのかと思うと、信じられない気持ちだった。
第十六章
太陽が沈み始め、青みが混ざった真紅が空を包んだ。ソアはリース、オコナー、エルデンとともに、ワイルドの森へと続く小道を歩いていった。ソアは今までこれほど苛立ったことはなかった。エレックは駐屯地にとどまり、自分たち4人だけとなった。互いの不和に関係なく、ソアは自分たちがお互いを今までになく必要としていることを感じていた。エレックがいない今、自分たちで絆を強めなくてはならない。出発前に、エレックは心配するなと言った。基地にとどまり、叫び声を聞いて、自分が必要とあれば駆けつけると言っていた。
それでソアは少し安心した。森が迫ってきた。ソアはこの異国風の場所と、両脇をとげや変わった果物に囲まれた地面を見回した。ほとんどの木の枝は曲がり、古く、互いに接近しているので、かがまなければ通れないことも多かった。木には葉よりもむしろとげが多く、どこにでも突き出ていた。黄色いつるがところどころ下がり、ソアが顔にかかったつるを押しのけようと手を伸ばしたところ、ヘビだったことに気づいた。彼は叫んで跳びのき、間にあった。
他の者が笑うかと思ったが、皆も怖気づいていた。周りは未知の動物の聞きなれない鳴き声に満ちていた。低く、のどから出しているような声もあれば、甲高く、鋭い声を出しているものもあった。遠くからこだましてくる声もあれば、信じがたいほど近くから聞こえるものもあった。森の奥に向かう途中で、夕暮れがあっという間にやってきた。ソアは、どの瞬間にも待ち伏せされている可能性があると確信していた。空が暗くなるにつれて、仲間の顔を見るのも困難になってきた。剣の柄を強く握り締めたあまり、こぶしが白くなった。もう一方の手では投石具をしっかりつかんでいた。皆もそれぞれの武器を握っていた。
ソアは、良き騎士がそうであるように、強く、自信を持ち、勇敢であろうと自分に言い聞かせた。エレックが教えてくれたように。常に恐怖のうちに暮らすよりは、死に直面するほうがましだ。あごを上げ、堂々と前に進むよう努力した。ペースも速め、他の者たちより数歩前を行った。心臓が高鳴っていたが、自分の恐怖心に立ち向かっているという気がした。
「一体何のためにパトロールをするのだろう?」ソアが聞いた。
そう言った瞬間、愚問だったかも知れないと思った。そしてエルデンがばかにしてくると思った。
だが驚いたことに、返ってきたのは沈黙だった。見回すと、エルデンの白目が見え、彼がもっと恐れているのがわかった。このことが少なくともソアに自信を与えた。ソアはエルデンよりも年下で体も小さい。それでも自分の恐怖に負けていない。
「敵のため、だろうな。」やっとリースが答えた。
「それは誰だ?」ソアが聞いた。「どんな風貌なんだ?」
「ここにはいろんな種類の敵がいる。」リースが言った。「僕たちは今ワイルドにいるんだ。蛮人の国々があり、あらゆる種類の邪悪な生き物がいる。」
「でも、僕たちのパトロールの意味は何なんだ?」オコナーが聞いた。「僕たちがこれをしたからといって、何が変わるんだ?一匹や二匹倒せば、その他の百万匹も止めることができるというのか?」
「ほんの少し相手をへこませるために来ているんじゃない。」リースが答えた。「僕たちは、王の代理として自分たちの存在を知らしめるために来ているんだ。峡谷に近づくなと言うために。」
「向こうが橋を渡ってこようとするまで待つのが賢明じゃないか? そうなったときには相手をするんだ。」オコナーが言った。
「だめだ。」リースが言った。「奴らには近づかせないようにするほうが良い。それがパトロールをする理由だ。少なくとも、僕の兄たちはそう言っていた。」
森の奥深くに入っていくにつれ、ソアの心臓の鼓動が速くなった。
「どれくらい遠くまで行かなきゃいけないんだろうか?」エルデンが聞く。初めて口を開いた。声が震えている。
「コルクが言ったことを忘れたかい?赤い旗を取り返して持って帰らないといけないって。」リースが言った。「それがパトロールで遠くまで行ってきたしるしなんだ。」
「どこにも旗は見えなかったけど。」オコナーが言った。「実際、何も見えないよ。 どうやって戻ったら良いのか?」
誰も答えなかった。ソアも同じことを考えていた。夜、暗闇の中でどうやって旗を見つけられるんだ?これは全部罠であって、リージョンが少年たちに行う練習や心理ゲームの一つなのでは、という気がしてきた。もう一度エレックの言葉を、宮廷にいる自分の敵のことを思い起こしてみた。このパトロールで気分が落ち込んだ。これは罠なのか?
突然、恐ろしい、鋭い叫び声が聞こえ、それに続いて枝の中で動くものがあった。そして何か大きなものが彼らのいるところへ駆けて来た。ソアも、皆も剣を抜いた。剣を鞘から抜く、金属と金属がぶつかる音が周囲にあふれた。全員が剣を体の前に構え、緊張してあらゆる方向を見定めながらそこに立っていた。
「今のは何だったんだ?」エルデンが叫んだ。恐怖で声が割れている。
動物はまたもや、森の片側からもう一方の側へと皆の通り道を横切った。今度はそれがよく見えた。
ソアは、それが何かわかって肩の力を抜いた。
「ただの鹿だ。」ほっとして言った。「変な形をしていたが。それでも鹿は鹿だ。」
リースは笑った。安心した声だ。年のわりには大人っぽい笑い方だ。ソアはそれを聞くと、将来の国王の笑い方だなと思った。そばに友達がいてくれてよかった、と思った。そして自分も笑った。あれほどの恐怖に、意味は全くなかった。
「怖くなると声が割れるんだな。知らなかったよ。」リースがもう一度笑いながらエルデンをからかう。
「もしお前が見えたら、げんこつで殴ってやる。」エルデンが言った。
「僕にはよく見えるよ。」リースが言った。「やってごらん。」
エルデンは彼をじろりとにらんだが、動きはしなかった。その代わり、皆と同じく剣を鞘に戻した。ソアはエルデンに仕返しをしたリースをすごいと思った。エルデンは誰でもからかう。仕返しをされたっておかしくない。リースが恐れずにそうしたことに感心した。何と言っても、エルデンの体の大きさは皆の二倍もあるのだから。
ソアはやっと緊張がほぐれていくのを感じた。初めて何かに出くわし、氷が解けた感じだ。そして皆まだ生きている。生きていることを嬉しく思いながら、ソアも反り返って笑った。
「笑うがいいさ、よそ者め。」エルデンが言った。「誰が最後まで笑っていられるかそのうちわかる。」
リースは君のことを笑っているかもしれないが、僕は違う。 ソアは思った。生きててほっとしているだけだ。
だが、わざわざそのことを言いはしなかった。何を言ってもエルデンが自分に対して抱いている憎しみを変えることはできない。.
「見て!」オコナーが叫んだ。「あそこ!」
ソアは目を細めたが、闇の中では彼が指しているものがよく見えなかった。やっと見えたのはリージョンの旗だった。枝にかかっていた。
皆、それに向かって走り出した。
エルデンが乱暴に皆を押しのけて抜いていった。
「旗は俺のものだ!」彼が叫んだ。
「最初に見つけたのは僕だぞ!」オコナーも叫ぶ。
「でも俺が最初に取る。持って帰るのは俺だ!」エルデンが言った。
ソアは腹を立てた。エルデンのすることがとても信じられない。そこでコルクが言ったことを思い出した。旗を取って来た者にはほうびがあると。彼が走ったわけがわかった。それでもそんなことをして良い理由にはならない。彼らは同じグループ、チームでなければならない。皆それぞれ自分のためにいるわけではない。エルデンの本性が現れた。誰も走って取りに行こうとしたり、他の者を出し抜こうとしたりしなかった。ソアはますますエルデンが嫌いになった。
エルデンはオコナーを肘で押しのけて走った。他の者が動く前に数歩先を行っていて、旗をひったくった。
その時大きな網がどこからともなく現れ、地面からはね上がり、エルデンを罠にかけたかと思うと、エルデンを宙に高く吊り上げた。エルデンは罠にかかった動物のように、皆のほんの1フィート先で揺れていた。
「助けて!助けて!」恐怖のあまり叫んだ。
皆ゆっくりと近寄った。リースは笑い始めた。
「臆病者は誰だ?」リースは面白がって言った。
「ばか者め!」エルデンが言った。「ここから降りたら殺してやる!」
「本当に?」リースが返す。「それはいつ?」
「降ろせ!」エルデンが網の中で向きを変え、回りながら言った。「命令だ!」
「へえ、命令するのか?」リースが吹き出して言う。
リースは振り向いてソアを見た。
「どう思う?」リースが聞く。
「エルデンは皆にあやまらないといけないと思うな。」オコナーが言った。「特にソアに。」
「僕もそう思う。」リースが言った。「いいかい」エルデンに向かって言う。「あやまれ。心からだ。そうしたら、網を切って降ろすか考えてやる。」
「あやまるだって?」エルデンはぞっとして繰り返した。「絶対にするものか。」
リースがソアのほうを向いた。
「多分、今夜はこのままにしておいたほうが良さそうだ。動物の良い餌になるだろう。どう思う?」
ソアが大きく微笑んだ。
「それは良い考えだ。」オコナーが言った。
「待てよ!」エルデンが叫んだ。
オコナーが手を伸ばし、エルデンのぶら下がった指から旗をもぎ取った。
「僕たちを抜いて旗を取ったりはしていないみたいだな。」オコナーが言った。
3人は踵を返し、歩き始めた。
「待ってくれ!」エルデンは泣き叫んだ。「置いていかないでくれ!まさかそんなことはしないだろう!」
3人は歩き続ける。
「悪かった!」エルデンはすすり泣きを始めた。「お願いだ!すまなかった!」
ソアは足を止めた。リースとオコナーはまだ歩いていた。リースが振り向いた。
「何をしているんだ?」リースがソアに尋ねた。
「置いてなんかいけないよ。」ソアが言った。ソアはエルデンが嫌いだったが、置いていくのが正しいことだとは思わなかった。
「どうして?」リースが聞いた。「自分で蒔いた種だよ。」
「立場が反対だったら」オコナーが言う。「エルデンなら喜んで君を置き去りにすることぐらいわかるだろう。どうして気にするんだ?」
「わかるよ、」ソアが言った。「でもだからといって、僕たちまでエルデンみたいに振舞ったほうが良いということにはならない。」
リースは腰に手を当て、ソアのほうへもたれかかって囁きながらため息をついた。
「あそこに一晩中置き去りにするつもりはなかったよ。多分夜中までかな。でも君の言うことは正しい。こういうことにはエルデンは向いていない。多分ちびって心臓麻痺でも起こしそうだからな。君は親切過ぎるよ。それが問題だ。」リースはソアの肩に手を置きながら言った。「だから僕は君を友達に選んだんだけどね。」
「僕もね。」オコナーが、ソアのもう一方の肩に手を置いて言った。
ソアは振り返り、網のほうへ歩いていき、切り落とした。
エルデンが音を立てて落ちた。もがいた末に立ち上がり、網を投げると地面を必死に探した。
「僕の剣が!」エルデンが叫んだ。「どこだろう?」
ソアは地面を見たが、暗すぎて見えない。
「上に上げられたとき、木の中に飛んで行ったんじゃないか?」ソアが答えた。
「どこであろうと、なくなってしまったんだ。」リースが言う。「もう見つけられないよ。」
「君は知らないだろう。」エルデンが嘆いた。「リージョンには一つだけルールがある。決して武器を置いていくなと。武器なしには戻れないんだ。戻れないんだよ。追放されてしまう!」
ソアは振り返ってもう一度地面や木々の間、あちこちを探した。それでも全く見つからない。リースとオコナーはそこに立っているだけだ。探そうともしない。
「すまない。」ソアが言った。「見つからない。」
エルデンはくまなく探し回ったが、とうとうあきらめた。
「お前がいけないんだ。」ソアを指差して言った。「お前のせいでこんな目に遭うんだ!」
「僕は何もしていない。」ソアが答えた。「自分じゃないか!君が旗に向かって走ったんじゃないか。みんなを突き飛ばして。誰のせいにもできないぞ。自分のせいなんだからな。」
「お前なんか嫌いだ!」エルデンが叫んだ。
彼はソアに飛びかかった。ソアのシャツをつかみ、地面に倒した。エルデンの体重が、警戒していなかったソアを直撃した。ソアはなんとか回転したが、エルデンはもう一度転がり、ソアを地面に釘付けにした。エルデンは大きくて、強すぎる。彼を抑えるのは難しい。
しかし突然、エルデンは手を離して転がった。ソアは自分のさやから剣が抜かれる音を聞いた。そしてリースがエルデンの上に立ちはだかり、剣の先を彼の喉に突きたてているのが見えた。
オコナーがソアに手を差し延べ、手を引っ張ってソアを起こした。ソアは二人の友達とともに立ち、リースの剣を喉に突きつけられていまだ地面に横たわるエルデンを見下ろした。
「言っておくが、もし僕の友達にまた手を出したら」リースが本気で、ゆっくりとエルデンに言った。「お前を殺す。」