Kitabı oku: «英雄たちの探求 », sayfa 6
第十七章
ソア、リース、オコナー、エルデンとエレックは円になって火を囲み、地面に座った。5人とも押し黙っていた。ソアは、夏の夜にこれほどまで寒くなるものなのかと驚いた。この峡谷には何かがある。寒気、ソアの背中で渦を巻く神秘的な風が、消えることがないかのような霧と交じり合って骨まで湿らせる。 ソアは前にかがみ込み、火にかざした手をこすり合わせるが、温めることができずにいる。
ソアは皆が回してくれた一片の干し肉にかじりついた。硬くて塩辛かったが、栄養にはなった。エレックが手を伸ばしてソアに何かを渡した。柔らかい、ぶどう酒の皮袋とその中の液体の感触を手に感じた。口まで持ち上げると、びっくりするほど重たかった。長いことかけて喉の奥まで流し込むと、この夜初めて温まった気がした。
皆、静かに火を見つめている。ソアは、峡谷の反対側に来ていることでいまだ落ち着かない気分だった。敵の領分で、どの瞬間も警戒を解いてはならない気がしていたが、エレックがまるで自分の家の庭でくつろいでいるかのように落ち着いて見えるのに驚いていた。ソアは、少なくともワイルドの外にあり、エレックと再会できたこと、火を囲んでいる安心感とでほっとしていた。エレックは森と空の境界線を見つめ、どんな小さな音にも気を配ってはいたが、落ち着き、くつろいだ様子だった。何か危険があれば、エレックが皆を守ってくれるとソアにはわかっていた。
ソアは火のそばで満たされた気分だった。見回すと、皆も同じ気持ちのようだ。エルデンを除いては。森から戻って以来、ずっとふさぎ込んでいる。日中から自信満々でいばった態度 がすっかり失われ、剣をなくして不機嫌そうに座っていた。指揮官たちは決してこのような過ちを許さない。エルデンは戻り次第リージョンから追放されるだろう。エルデンはどうするのだろう、とソアは思った。そんなに簡単にいなくなるとは思えなかった。きっと何か策が、取って置きの代替案があるような気がした。それが何であれ、あまり良いことではないだろうとソアは思った。
ソアは向きを変えて、南方の遠い地平線を見るエレックの視線を追った。果てしなく続く線に、夜を照らすかすかな光があった。ソアは不思議に思った。
「あれは何ですか?」エレックに尋ねた。「あの光です。ずっとご覧になっている。」
エレックはしばらくの間黙ったままだった。聞こえるのは風が立てる、むちのような音だけだった。やがて振り向きもせずに言った。「ゴーラルだ。」
ソアは他の者と目を見合わせた。皆、振り返って、恐ろしそうに見ている。それを見てソアは胃が締めつけられた。ゴーラル。こんなに近くに。彼らと自分との間には
、小さな森と広大な平野のほか何もない。もはや壮大な峡谷に隔てられ、守られているわけでもない。今までもずっと、リングを攻撃する野心以外何も持ち合わせない、このワイルドの野蛮な者たちの話を聞いてきた。そして今、彼らと自分を隔てるものは何もない。これほど沢山のゴーラルがいることが信じられなかった。大群が待ち構えている。
「怖くはないのですか?」ソアがエレックに聞いた。
エレックは首を振った。
「ゴーラルは群れで動く。彼らの軍隊は毎晩あそこで野営をしている。もう何年も。彼らは軍全体を動員させ、一丸となって動く時だけ峡谷を攻撃する。決して試しはしない。剣の力が盾となっているからだ。そしてそれを侵すことができないのを彼らは知っている。」
「では、なぜあそこで野営を?」ソアは聞いた。
「それが敵を脅かす彼らのやり方だからだ。そして備えでもある。歴史上、我々の父親たちの時代に、彼らが攻撃をしかけ、峡谷を侵略しようとしたことは何度もあった。だが、私の時代になってからはない。」
ソアは、暗い空、そして頭上高く黄色、青、オレンジに輝く星々を見上げ、思った。峡谷のこちら側は悪夢のような所だ。自分が歩けるようになった昔からそうだった。そう考えるとソアは怖くなったが、自分の心から恐怖心を追い出そうとした。リージョンの一員となった今、それらしく振舞わなければならない。
「心配するな」まるでこちらの心を読んでいるかのようにエレックが言った。「我々が運命の剣を持っている限り、彼らは攻撃してはこない。」
「持ったことはあるのですか?」急に興味が湧き、ソアはエレックに聞いた。「その剣を?」
「もちろんない。」エレックは鋭く返した。「国王の子孫以外、誰も握ることを許されていない。」
ソアは混乱して彼を見た。
「わかりません。どうしてですか?」
リースが咳払いをして、中に入ってきた。
「よろしいですか?」
エレックがうなずいた。
「剣にまつわる伝説があります。実際、今まで誰も持ち上げたことがありません。ある者、選ばれし者がそれを振るうことができると言い伝えられています。王または王に指名された子孫だけが試すことを許されているため、今も手を触れられることなく保管されているのです。」
「今の王様はどうなの?お父上は?」ソアが聞いた。「王様は試すことができるの?」
リースは下を向いた。
「即位の時に一度試した。そう聞いている。持ち上げることができなかったそうだ。それで、今でも父上の非難の対象として置かれている。父上は剣が嫌いだ。まるで生きているかのように重くのしかかってくる。」
「選ばれし者が現れたら」リースが付け加える。「リングを周囲の敵から解放し、未だ誰も知らない、素晴らしい運命へと導いてくれる。戦いはすべて終わりを告げる。」
「お伽噺で何の意味もないね。」エルデンが話に入ってくる。「 あの剣は重すぎて誰にも持ち上げることができない。あり得ない。それに、“選ばれし者”なんていないんだ。くだらない。平民を従わせるために伝説が作られるんだ。“選ばれし者”とやらを待ち望むようにしむけて、マッギル家の血筋を繁栄させようとするために。自分たちに都合の良い伝説さ。」
「黙りなさい。」エレックが叱責した。「国王には常に敬意を払って話をするのだ。」
エルデンはかしこまって下を向いた。
ソアは聞いた話のすべてをよく飲み込もうとして考えた。すぐに整理がつかない。これまで運命の剣を見たいと夢見てきた。その完璧な形について多くの話を聞き、誰も知らない素材で作られていて、魔法の武器だという噂もあった。皆を守ってくれる剣がなかったら、一体何が起こるのだろうとソアは考えた。
国王の兵隊が悪の帝国に破られるのだろうか?ソアは、地平線上の輝く火を見つめた。それは永遠に燃え続けるように見えた。
「あそこまで行ったことはあるのですか?」ソアはエレックに尋ねた。「森を越えて、ずっと向こうまで。ワイルドに。」
皆がエレックのほうを向いた。ソアはエレックの答えを聞きたくて待っている。黙ったまま、エレックは炎を長いこと見つめていた。沈黙の長さに、ソアはエレックが答えるつもりがあるのか疑問に思った。あまり詮索し過ぎたのでなければよいが、とソアは思った。エレックにはとても感謝し、恩義を感じているので、癇にさわるようなことはしたくなかった。ソアは自分が答えを知りたいのかどうかも定かでなかった。
ソアが質問を取り消せたら良いのに、と思ったちょうどその時、エレックが答えた。「ある。」厳かな声でそう言った。
そのたった一言の余韻が長く続いた。そしてその中に、ソアは答えの重みを聞き取った。自分が知りたいと思っていたこと全てを伝えてくれていた。
「どんなところなんですか?」オコナーが尋ねた。
ソアは、質問をするのが自分一人でなくてほっとした。
「極悪な帝国に支配されている。」エレックが答えた。「土地が広く、国もさまざまだ。蛮人の国、奴隷の国、そして怪物の国。君たちの想像を絶するような怪物たちだ。砂漠、山々、そして丘が見渡す限り広がっている。沼地や湿地に大海。ドルイドの国もある。そしてドラゴンの国だ。」
それを聞いて、ソアの目が大きく見開かれた。
「ドラゴン?」驚いて尋ねた。「存在しないと思っていた。」
エレックはひどく真剣な顔をしてソアを見た。
「ドラゴンは確かに存在する。決して行きたいとは思わないようなところだ。ゴーラルでさえ恐れる場所だ。」
ソアは想像して息をのんだ。そのような世界の奥深くに足を踏み入れることなど想像できない。エレックはどうやって生きて帰ってきたのかと思う。また別の時に尋ねてみようと思った。
聞いてみたいことはたくさんあった。悪の帝国の様子、支配者のこと、攻撃の理由、エレックがいつ行き、いつ戻ったのか。だが、ソアが見つめている炎はどんどん冷たく、暗くなっていく。頭の中でこうした質問がぐるぐる回りながらも、ソアの瞼はどんどん重たくなっていく。質問をするのは今でないほうが良い。
代わりに、ソアは睡魔が襲ってくるのに任せた。目が重たくなるのが感じられ、地面に頭をつけた。目を完全に閉じる前に、見知らぬ土地を見回した。そして家に戻ることはあるのだろうか、戻るとしたらいつだろうか、と考えた。
*
ソアは目を開けて戸惑った。どこにいるのか、どうやってここに来たのか、と考えた。見下ろすと濃い霧が腰の高さまで出ていて、あまりの濃さに足が見えない。振り向くと、目の前の峡谷で日が昇るのが見えた。遠く反対側には自分の国が見える。まだこちら側、峡谷の裂け目の反対側にいるのだ。心臓の鼓動が速くなった。
ソアは橋を見た。おかしなことに兵士たちがいない。実際、どこも荒れ果てたように見えた。何が起きたのかわからなかった。橋を見ると、木の板がドミノのように順に重なって倒れている。次の瞬間橋が壊れ、裂け目に落ちていった。底はあまりに深く、板が落ちた音さえ聞こえなかった。
ソアは息をのみ、振り向いて他の者を探したが、誰もいない。どうしてよいかわからず、途方に暮れた。たった一人、こんな場所、峡谷の反対側で戻るすべもない。皆がどこへ行ったのか全くわからなかった。
物音が聞こえ、森のほうを見た。何か動きがあるのを察した。立ち上がり、音のするほうへ歩いていった。一歩進むたびに、足が地面に埋もれた。音に近づくと、低い枝から網がぶら下がっているのが見つかった。中でエルデンがぐるぐると回っていて、動くたびに枝がきしんだ。
ハヤブサが彼の頭の上に止まっている。銀色にきらめく体に、両目の間、額を通る黒い線というはっきりした特徴を持っている。かがんだかと思うと、エルデンの片目をくり抜いて持っている。くちばしにくわえたまま、ソアの方を向いた。
ソアは目をそらしたかったが、できなかった。エルデンが死んでいるとわかった瞬間、森全体に活気がみなぎった。森のあらゆる方角からゴーラルの大群が押し寄せ、叫び声を上げ、うなりながらソアめがけて駆けてきた。腰巻だけを身につけた、巨大な体に、豊かな筋肉の胸を持つ。顔には三角形を成す3つの鼻と、2本の長く鋭く曲がった犬歯がある。身の毛がよだつような音だった。ソアには逃げ場がない。手を伸ばし、剣を握ろうとしたが、見下ろして剣が消えていることに気づいた。
ソアは叫んだ。
真っ直ぐに起き上がって目を覚ました。息が荒くなっている。周りを必死に見回したが、静けさがあるだけである。本当の、生きた静けさ、彼が見た夢の静けさではない。そばには、夜明けの光の中で、リース、オコナー、そしてエレックが地面に広がるようにして眠っている。火の燃えさしが近くにあった。地面ではハヤブサが跳ねていた。向きを変え、ソアに向かって頭を上に上げる。大きく、銀色で誇り高そうだ。額には一本の黒の線が縦に入っており、ソアを見つめ返した。まっすぐな視線をソアの目に向けたまま、甲高い声で叫んだ。その音にソアは震えた。夢に見たのと同じハヤブサだった。
その時、この鳥がメッセージを伝えていることに気づいた。彼が見た夢はただの夢ではなく、何か良くないことがあるという。かすかな震動を背後に感じた。腕を這い上がってくる。何なのだろうと思いながら、すぐに立ち上がって周りを見回した。何も変わった音は聞こえない。見たところ何も変わったことはない。橋もそこにあるし、兵士たちもいる。
何だったのだろう? と考えた。
そして何なのかわかった。エルデンがいない。
最初はエルデンが皆を置いて、橋を渡り、峡谷の反対側へ戻ったのだと思った。多分、剣を失ったことを恥じて去っていったのだと。
しかしその後、森の方角を見ると苔に新しいくぼみがあった。朝露に濡れた小道に向かう足音だ。エルデンのものであることは疑う余地がない。彼はここを発ったわけではない。森に戻ったのだ。一人で。恐らく用を足すために、あるいは剣を取り戻すために。そのことに気づいてソアはショックを受けた。
たった一人で行くなんて愚かな行動だ。エルデンがそれだけ必死だったということを示している。ソアはすぐに大変な危険が迫っていることを感じた。エルデンの命が危険にさらされている。
ソアの考えを確認するかのように、その時ハヤブサが甲高い声で鳴いた。そして地面を蹴ると、ソアの顔めがけて飛んだ。ソアは顔を引っ込めた。爪は的を外れ、ハヤブサは舞い上がり、飛び去った。
ソアはすぐに行動に移った。考える間もなく、自分が何をしようとしているのか熟慮することもせず、足跡を追って森へと疾走した。
ソアは一人でワイルドの奥深くへと走りながら、止まって恐怖を感じることもなかった。どれだけばかげたことか止まって考えたなら、おそらく凍りついてパニックに陥っていたことだろう。だがその代わりに彼はただ行動した。エルデンを助ける必要に迫られていた。一人、とにかく走り続けた。夜明けの光の中、森の奥へと。
「エルデン!」ソアは叫んだ。
説明はできなかったが、なぜかエルデンに死が迫っていることを感じ取った。エルデンが自分にどう接してきたかを考えれば、気にかけなくてもよかったのかも知れない。だが、ソアはそうせずにはいられなかった。気になったのだ。自分がもし同じ状況にあったなら、エルデンは絶対に助けになど来なかっただろう。自分のことを気にもかけないどころか、喜んで見殺しにするような者のために自分の命をかけるなんて、ばかげていた。でもソアはそうせずにはいられなかったのだ。今までこのような感覚を持ったことはなかった。自分の五感が動けと叫んでいる。特に、自分が知る由もないことに関して。彼は変化していた。そしてどうしてそうなるのかわからなかった。ソアはまるで、自分の体が何か新しい、神秘的な力に支配されているような気がした。そして自分がコントロールできないことに不安を覚えた。自分は頭がおかしくなったのだろうか?過剰反応だろうか?これは全部あの夢から来ているのだろうか?引き返した方が良いだろうか?
ソアはそうしなかった。足が前に進むのに任せ、恐怖や疑念には屈しなかった。肺が破けそうになるまで走り続けた。
曲がり道を曲がった時、そこで見たものでぴたりと足が止まった。息を整え、理解し難い目の前の状況を受け入れようとして立ち止まった。百戦錬磨の戦士でさえ恐怖に打たれるようなものだった。
エルデンが短刀を手に、ソアが見たことのあるどれにも似つかない生き物を見上げて立っていた。 恐ろしかった。高さは少なくとも9フィート、幅も男性4人分はある。二人の上にそびえ、筋肉質の赤い腕を上げていた。手の先には爪のような3本の長い指がある。4本の角と長い顎、広い額を持つ頭は悪魔のそれのようだった。2つの大きな黄色い目と牙のように曲がった犬歯だった。その生き物が反り返り、金切り声を上げた。
その音で、そばに生えている樹齢数百年にもなる太い木が真っ二つに割れた。
エルデンは恐怖で凍りついている。剣を落とし、下の地面を濡らした。
生き物はよだれを垂らしながら歯をむき出してうなり、エルデンに一歩近づいた。
ソアも恐ろしくてたまらなかったが、エルデンと違い、身動きできなくなるようなことはなかった。恐怖心はなぜか彼を奮い立たせた。五感が研ぎ澄まされ、活力が湧いてきた。トンネル視によって、目の前の生き物とその幅やスピード、エルデンとの位置関係だけに集中することができた。そしてまたその動きや、ソア自身の体の位置や武器にも。
ソアは行動を起こし、前方、エルデンと獣の間に突進した。獣はうなった。その息の熱さは、離れているソアにも感じられた。うなり声でソアの首の後ろの毛が逆立ち、ソアは背を向けたい衝動に駆られた。だが頭の中でエレックの声が聞こえた。強くあれ、恐れるな、平静を保て、と。そしてしっかりと大地に足をすえた。
ソアは剣を高く掲げて突進し、心臓目がけて剣を突いた。
獣は痛みに叫び声を上げた。ソアが柄まで剣を深く突き刺すと、ソアの手に血がしたたった。
獣はそれでも死なない。ソアは驚いた。無敵だ。
間髪入れずに向き直り、獣はソアを強打した。ソアはあばらが砕けるのを感じた。空き地を越えて飛ばされ、木に激突して地面に落ちた。横たわって、ひどい頭痛を感じた。
目がくらみ、混乱し、世界が回っている状態でソアは見上げた。獣が地面に手を伸ばし、ソアの剣を抜き取った。獣が手にした剣はまるで楊枝のように小さく見える。後ろへ腕を伸ばすと、獣は剣を投げた。木々を越え、枝を切り落としながら剣が森の中に消えた。
獣はソアに注意を向け、襲いかかってきた。
エルデンはまだ恐怖に凍りついたまま立ち尽くしていた。だが獣がソアに襲いかかる時、突然行動に出た。 獣に後ろから突進し、背中に飛びついた。勢いをそいでいる間にソアは立ち上がることができた。怒った獣は腕を振り、エルデンを投げた。空き地を横切って飛ばされたエルデンは木にぶつかって落ちた。
血を流し、息を切らした獣は再びソアに目を向ける。犬歯をむき出しにしてうなりながらソアに迫ってきた。
ソアに選択肢はない。剣をなくし、自分と怪物の間には何もない。相手が飛びかかってきた時、すんでのところでソアは転がってよけた。怪物はソアがいた所の木にぶつかり、その衝撃で木が根こそぎ倒れた。獣は立ち上がり、ソアの頭の上から木を落とした。ソアは再び転がってそれをよけ、ソアの頭があったところには獣の足跡が残った。
ソアはジャンプして立ち上がった。投石具に石を置き、発射した。
かつてないほどの強い一撃を両目の間に与え、怪物は後ろによろめいた。ソアは倒したと確信した。
だが驚いたことに獣はそれでは終わらなかった。
ソアは、自分の持つ力が何であろうと、それを呼び起こそうと全力を尽くした。超人的な力でぶつかって地面に倒そうと、獣に突進し、ジャンプして飛びかかっていった。
だが今回はその力が出てこない。ソアはショックを受けた。巨大な獣を前にしては、弱い一介の少年に過ぎない。
獣は手を伸ばしてソアの腰をつかみ、自分の頭の上まで持ち上げた。ソアはなすすべもないと思った。空中高くにぶらさげられ、そして投げられた。ミサイルのように飛び、空き地を越えて、再び木に激突した。
気を失い、頭にはひびが入り、あばら骨を割られた状態で横たわった。獣が後を追ってきた。今度こそおしまいだと思った。獣は赤い筋肉質の足を上げ、ソアの頭を踏みつけようとしている。死を覚悟した。
その瞬間、どうしたわけか獣が宙で凍ったように動きを止めた。ソアは瞬きして、どういうことか理解しようとした。
獣は手を伸ばし、自分の喉を掴んだ。矢の先端がそこから突き出していることにソアは気づいた。その直後に、獣は転がって死んだ。
エレックが走ってくるのが見える。リースとオコナーも後を追ってくる。エレックが見下ろし、大丈夫かと聞くのが見えた。何をおいても答えたかったが、言葉が出てこなかった。次の瞬間、瞼が下がり、ソアの世界は暗闇に包まれた。
第十八章
ソアはゆっくりと目を開けた。最初は眩暈がしたが、自分がどこにいるのか理解しようとした。わらの上に横たわっていた。一瞬、バラックに戻ったのかと思った。警戒して、片肘をついて起き上がり、他の者を探した。
どこか違うところにいるようだ。見たところ、非常に凝った造りの石の部屋だ。城に、王宮にいるようだ。
ソアが考え付く前に、大きな樫の扉が開き、リースが入ってきた。遠くから大勢の人の声がかすかに聞こえる。
「やっと生き返った。」リースは急いでこちらにやってきて、微笑みながらそう言った。ソアの手を取り、引っぱって立たせた。
ソアはいきなり立ち上がったことで頭痛がするのを抑えようと、頭に手をやった。 「さあ、早く行こう。みんな待ってる。」リースがソアを引っ張ってせかした。
「ちょっと待って、お願いだから。」ソアが状況を理解しようとして言った。「僕はどこにいるんだ?何があったんだ?」
「宮廷に戻ったんだ。君は英雄だ。その祝典が今日あるんだ!」二人で扉のほうへ向かいながら、リースが楽しそうに言った。
「英雄?どういうこと?それに・・・僕はどうやってここまで来たんだ?」ソアが思い出そうとして尋ねた。
「あの獣が君を失神させて、君は長いこと気を失っていたからね。峡谷の橋を渡って連れてこなければならなかった。ドラマチックだったよ。こんな風に戻ってくるとは思わなかったけど!」リースは笑いながら言った。
二人は城の回廊に歩いて出た。その途中、あらゆる人々、男女、従者、衛兵、騎士たちが自分のことを見ているのに気づいた。まるで自分が目を覚ますのを待っていたかのように。そして彼らの目の中に何か新しいもの、敬意のようなものがあることにも気づいた。こんなことは初めてだ。今まで誰もが自分のことを見下していた。今は皆が、自分のことを皆の一員として見ているかのようだ。
「一体何があったんだい?」ソアは頭を働かせて、思い出そうとした。
「何にも覚えていないの?」リースが聞いた。
ソアは考えようとした。
「森へ走って行ったのは覚えてる。獣と戦って、そして・・・」思い出せなかった。
「君はエルデンの命を救ったんだよ。」リースが言った。「君は一人で必死に森に駆けて行った。なんであんな気取ったやつを助けるために時間を無駄にするのか、僕にはわからないけど。でも君はそうしたんだ。国王が君のことをとても喜んでいる。エルデンのことを気にかけているからというよりは、勇敢であるということをとても大事にしているからなんだ。 王が祝いたいと思っているのは、そうすることが王にとって大切なことだからだ。このようなできごとを祝うのは、他の者にインスピレーションを与えるためなんだ。 そしてそれは王やリージョンにも良い影響がある。それで祝典を行いたいと思っている。君がここにいるのは国王から褒美があるからだ。」
「僕に褒美?」ソアは唖然として聞いた。 「でも僕は何もしていないよ!」
「君はエルデンの命を救った。」
「僕は行動を起こしただけだよ。当然のことをしたまでだ。」
「それこそが、王が報いたいと思っていることなんだよ。」
ソアは居心地が悪くなった。自分のとった行動が褒美に値するとは思えなかった。それがエレックのためでないのなら、死んだほうがましだとソアは思った。ソアはそのことを考え、再びエレックへの感謝の気持ちでいっぱいになった。 いつかお返しができれば、と思った。
「でも僕たちのパトロールの任務はどうなった?」ソアが聞いた。「まだ終わっていない。」
リースは安心させようとソアの肩に手を置いた。
「友よ、君は少年の命を助けたんだ。リージョンのメンバーをね。そのほうがパトロールよりもずっと大切じゃないか。」リースは笑った。「何も起きない初めてのパトロールはもうたくさんだ!」そう付け加えた。
別の回廊を歩き終えたところで、二人の衛兵が扉を開けた。ソアは瞬きし、気がつくと王の部屋にいた。室内には数百名の騎士がいるに違いない。伽藍型の高い天井、ステンドグラス、そしてトロフィーのように壁に掛けてある武器や鎧。武器の間だ。ここはすべての偉大な戦士、すべてのシルバー騎士団のメンバーが出会う場所である。壁を、有名な武器、英雄とされる伝説の騎士たちの鎧を見ながら、ソアの胸が高鳴った。ソアは今までずっとこの場所の話を聞かされてきた。いつか自分の目で見ることが夢だった。普通なら、従者はこの場所に入ることを許されない。シルバー騎士団のメンバー以外誰も。
もっと驚いたのは、室内に入った瞬間、本物の騎士たちがあちこちから振り向いて彼のほうを見たことだ。ソアを。皆賞賛の眼差しを向けていた。ソアは今まで一つの部屋にこれほどたくさんの騎士が集まっているのを見たことがない。またこれほど受け入れられているという感覚を味わったこともない。夢の中に入って行くような感じだ。特に、ほんの少し前までは眠っていたのだから。
リースはソアの唖然とした顔に気づいたに違いない。
「シルバーの精鋭たちが君を称えようと集まっている。」
ソアは誇りと信じられない思いが混ざった気持ちだった。「僕を称える?でも何もしていないよ。」
「それは違う。」声が聞こえた。
ソアが振り返り、肩に重い手の感触を感じた。エレックだった。ソアに向かって笑っている。
「そなたは勇敢さ、栄誉そして勇気を見せてくれた。自分に期待されていることをはるかに超えて。兄弟を救うため、自分自身の命を差し出すところだった。それこそが我々がリージョンに求めていることであり、シルバーで追求していることなのだ。」
「あなたは私の命を救って下さいました。」ソアはエレックに言った。「あなたがいらっしゃらなかったら、あの獣は僕のことを殺していました。あなたにどう感謝したらよいのかわかりません
エレックはにやりと笑った。
「もうお礼は済んでいるではないか。」彼が答えた。「騎馬試合を忘れたのか?私たちはおあいこだ。」
ソアは、広間の端にあるマッギル国王の王座に向かって通路を進んで行った。脇にはリースと反対側にエレックが付き添っている。何百人もの人の目が自分に注がれているのを感じた。すべてが夢のようだった。
王の周りには数十名の顧問団と長男のケンドリックが立っている。ソアは王座に近づくにつれ、心が誇らしさでいっぱいになった。再び王の謁見の機会を賜ったのが信じられないことだった。そしてこれほど沢山の重鎮が列席している。
彼らが王座に近づくと、マッギルが立ち上がり、シーッというかすかな声がそこここで聞こえた。マッギルの重々しい表情が笑顔に変わった。3歩前に進んだかと思うと、ソアが驚いたことに、ソアを抱きしめた。
室内に大きな歓声が湧き起こった。
王は身を引くと、ソアの肩をしっかりとつかみ、笑いかけた。
「リージョンでまことに良く仕えておる。」王が言った。
家来が国王に杯を渡し、王がそれを高く掲げる。そして大きな声で言った。
「勇気に乾杯!」
「勇気に乾杯!」室内の何百名もの男たちが応えた。ざわめきがそれに続き、そしてまた静かになった。
「今日の功績を称えて」国王が堂々とした声で話す。「褒美をつかわす。」
国王が合図をし、黒の長手袋をはめた側近が前に進み出た。手には見事なハヤブサが載っている。ハヤブサはこちらを向き、まるでソアのことを知っているかのように見つめた。
ソアははっとした。それは銀色の体と額に走る一本の黒い線を持つ、夢に出てきたハヤブサそのものだった。
「ハヤブサはこの王国と我が王家のシンボルである。」マッギルが響き渡る声で言った。「猛禽類であり、誇りと栄誉を象徴する鳥だが、同時に技と狡猾さを持つ一面もある。忠実で気性が荒く、どの動物よりも高いところを飛ぶ。聖なる生き物でもある。ハヤブサの所有者は、ハヤブサの所有物にもなる、と言われている。すべてのことにおいて導いてくれるであろう。離れてもいくが、必ず戻ってくる。今、これはそなたのものだ。」
ハヤブサ匠が進み出て、鎖かたびらのこてをソアの手と手首に着けた。そして鳥をその手に置いた。ソアはハヤブサを手にして、雷に打たれたような気がした。身動きができなかった。その重さにショックを受け、手首の上でハヤブサが動くたび、じっと持ちこたえるのに苦労した。爪が食い込むのが感じられた。幸い、こてに守られているため圧迫感を感じるだけで済んだ。鳥が振り向いて、ソアを真っ直ぐに見て鳴いた。ソアは鳥が自分の目を見ているような気がし、不思議なつながりを感じた。これからずっと一緒なのだということがわかっていた。
「この鳥に何と名前をつける?」室内の静けさの中で王が尋ねた。
ソアは知恵を振り絞ったが、頭が働かない。
素早く考えようと努めた。王国でよく知られた戦士の名前をすべて思い起こした。壁の方を向いて戦いの名前、王国のすべての地名が入っている盾を見た。彼の目はその中の一つで止まった。ソア自身は行ったことがないが、リングの中でも神秘的で、パワーが存在すると聞かされてきた場所だ。その名前が良いと思った。
「エストフェレスと呼びます。」ソアが宣言した。
「エストフェレス!」皆の声がこだました。歓迎の響きだ。
ハヤブサも応えるかのように鳴いた。
突然、エストフェレスは翼をばたつかせると、高く飛び上がった。伽藍天井のてっぺんまで、そして開いている窓から外へと飛んで行った。ソアは鳥が飛んで行くのを見つめた。
「心配は要りません。」ハヤブサ匠が言った。「必ず戻ってきます。」
ソアは振り返り、国王を見た。今まで贈り物をもらったことがなかった。ましてやこれほど素晴らしいものは。何と言ったら良いか、どう感謝したら良いかわからなかった。圧倒されていた。
「陛下」ソアは頭を垂れて言った。「どう感謝申し上げたらよいかわかりません。」
「もう礼は済んでおるではないか。」マッギルが言った。
皆が歓声を上げ、室内の緊張が解けた。活気にあふれた会話が人々の間で交わされ、たくさんの騎士がソアのところへ来た。ソアはどちらを向いたら良いやらわからなかった。
「あちらは東の地方のアルゴッド」リースがそう言って紹介した。「そしてこちらは低湿地帯のカメラ・・・そしてこちらが北の要塞のバシコルド・・・」
やがて名前はぼんやりしてきた。ソアは困惑していた。これほどたくさんの騎士が自分に会いたいというのが信じられなかった。これまでの人生では受け入れられたり、称賛されたりということがなかったので、このような日は二度と訪れないのではないかという気がした。人生で初めて自分にも価値があるのだと思えた。
そしてエストフェレスのことを考えずにはいられなかった。
ソアがあちらを向き、こちらを向き、人々に挨拶し、名前が次々出てきて、よく分からない名前もあって、といったことに追われている時、ひとりのメッセンジャーが騎士たちの間を縫って急いで入って来た。小さな巻物を持ってきて、ソアの手に押し付けた。
ソアはそれを開け、きれいで繊細な手書きの文を読んだ。
宮廷の裏庭でお会いします。門の後ろです。
ピンク色の巻物からはかすかな香水の香りがした。誰からか、と考えてソアは首をかしげた。署名がない。
リースがかがみ込んで、肩越しに読んで笑った。
「どうやら僕の姉さんが君のことを気に入っているようだ。」と彼はにこにこして言った。「僕なら行くね。あの人は待たされるのが嫌いだから。」
ソアは顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「裏庭はあの門を抜けて行ったところだ。急げ。姉さんは気が変わるのが早いので有名なんだから。」リースはソアのほうを見ながら微笑んだ。「君が僕の
家族になるのは大歓迎だ。」
第十九章
ソアはリースの道案内に従って混みあった城内を抜けて行ったが、そう簡単ではなかった。この城には曲がるところ、隠れ扉、長い回廊が多過ぎる。そしてそうした回廊はまたもっと多くの回廊につながっている。
頭に入れたリースの指示どおりに走り、また出てきた小さな階段を何段か下り、別の回廊を曲がり、やっと赤い取っ手のある小さなアーチ型の扉の前で止まった。リースが言っていた扉だ。それを押して開けた。
ソアは急いで外に出て、夏の強い日射しに打たれた。人の多い城から外に出て、新鮮な空気を吸い、顔に日の光を浴びるのは気持ちが良い。明るい光の中で見えるよう目を細めて調節をした。目の前には王室の庭園が果てしなく広がっている。生垣は色々な形に完璧に刈り込まれて美しい庭の列を成し、その間に曲がりくねった小道があった。噴水や、変わった木々、初夏の果物を実らせた果樹園やあらゆる大きさや形、色の花々が咲き乱れる花壇もあった。その風景にソアは息をのんだ。絵画の中を歩いているようだった。
ソアはあちこち見回し、グウェンドリンの姿を探した。胸が高鳴っていた。この裏庭は人気がない。高い石の壁で仕切られ、恐らく王族だけのための場所ではないかと思った。それでも、彼女を探し続けたが見つけられない。
あの手紙はいたずらだったのでは、と思った。多分そうだ。きっと僕のような田舎者をからかって楽しんでいるだけなのだ。第一、彼女のような位の者がどうして僕のような者に興味を持ったりするだろう?
ソアは視線を落とし、手紙をもう一度読んだ。そして恥ずかしくなり、巻きなおした。からかわれたんだ。あんなに期待するなんて、なんてばかだったんだろう。彼はひどく傷ついた。
ソアは振り返って、顔を下に向けたまま城に戻ろうとした。扉のところまで来た時、声が聞こえた。
「ちょっとあなた、どこに行くの?」楽しそうな声だった。鳥の歌のようだ。
ソアは想像の世界にいるのかと思った。くるりと向きを変えてみると、城壁の下の陰に彼女が座っていた。白のサテンにピンクの縁取りのある、王族用の上質のドレスに身を包み、こちらに向かって微笑んでいる。記憶の中の彼女よりももっと美しかった。
グウェンドリンだ。会って以来、ソアが夢見てきた少女だ。アーモンド型の青い目に、長いストロベリー色の髪。その微笑みは彼の心を明るくした。日の光を遮る大きな白とピンクの帽子をかぶっていて、その下から目がきらきら輝いていた。一瞬、彼は後ろを振り向き、自分の他には誰もいないのを確かめたくなった。
「えっと・・・」ソアは話し始めた。「僕は・・・えっと、わからないけど・・・あのう・・・中に入ろうかと」
またもや、彼女の前であわてている自分に気づいた。自分の考えをまとめて、はっきり伝えるのが難しいのだ。
彼女は笑った。それは彼が今までに聞いたなかで最も美しい音だった。
「どうしてそんなことしようとしてたの?」楽しそうに彼女が尋ねる。「来たばかりなのに。」
ソアはあわてた。舌がもつれている。
「あの・・・君を見つけられなかったから。」戸惑いながら言った。
彼女はまた笑った。
「えっと、僕はここにいます。僕のところまでいらっしゃいませんか?」
グウェンドリンは片方の手を差し出した。ソアは急いでそちらへ行き、彼女の手を取った。その肌の感触に衝撃を受けた。滑らかで柔らかい、きゃしゃな手は彼の手の中にぴったり入るくらいだった。グウェンドリンはソアを見上げ、 手を少しだけそのままにしてから、やがてゆっくりと立ち上がった。彼は自分の手の中の指の感触が好きになり、ずっと手を離さないで欲しいと思った。
彼女は手を離し、ソアの腕に自分の腕を回して組んだ。そして歩き始め、ずっと続く曲がりくねった小道を進んで行った。小さな砂利道を二人で歩き、やがて外からは見えない生垣の迷路の中に入っていた。
ソアは緊張していた。自分のような平民が国王の娘と一緒に歩いていたりしたら、問題になるだろう。額に汗をかいているのが感じられた。それが暑さによるものなのか、彼女に触れていることからなのかはわからなかった。
ソアは何を話したらよいのかわからなかった。
「あなたは大変な騒ぎを起こしているようね?」グウェンドリンは微笑みながら言った。ぎこちない沈黙を破ってくれたことにソアは感謝した。
ソアは肩をすくめた。「すみません。そうしようと思ったわけではないんです。」
グウェンドリンは笑った。「どうしてそうしようと思わないの?騒ぎがあるのは良いことじゃない?」
ソアは行き詰ってしまった。どう反応したらよいのか見当もつかなかった。いつも間違ったことを言ってしまうようだ。
「ここはすごく堅苦しくて、退屈なの。」彼女は言った。「新しい人が来るのは良いことだわ。私の父はあなたのことをとても気に入ったみたい。弟もね。」
「えっと、・・・ありがとうございます。」ソアは答えた。
彼は自分で自分のことを蹴っていた。心の中では死にそうだった。もっと話さなくちゃいけないとわかっていたし、そうしたかったが、何を言ったら良いのかわからなかったのだ。
「あの・・・」何と言うべきか知恵を絞って、彼は話し始めた。「ここが好きですか?」
彼女は反り返って笑った。
「ここが好きかって?そうだと良いけど。ここに住んでいるんだから!」
彼女はもう一度笑い、ソアは自分が赤くなっていると感じた。自分がすっかり台無しにしているなと思った。でも、周りに女の子がいるところで育ってもいなければ、村に女友達もいなかった。彼女に何と話しかけたら良いのかわからなかった。何を聞けるというんだ?どちらのご出身ですか、とか?どこ出身かなんて、もう知っている。どうして彼女が僕にかまうのか、と考え始めた。ただの楽しみのため?
「どうして僕のことが気に入ったんですか?」彼が聞いた。
彼女はソアのほうを見返し、妙な声を出した。
「あなたって図々しい人ね」彼女はクスクス笑った。「誰が私があなたのことを好きだって言ったの?」グウェンドリンはにっこり笑って聞いた。やはり、ソアが言うことはすべて彼女を面白がらせるようだ。
ソアはもっと事がややこしくなっているような気がした。
「すみません。そんなことを言うつもりではなかったんです。そうかなと思っただけで。あの、僕が言いたかったのは・・・えっと、あなたが僕のことを好きじゃないのを知っていると・・・」
彼女はもっと笑った。
「あなたって面白い。それは認めざるを得ないわ。女の子の友達がいなかったんじゃないかしら?」
ソアは恥ずかしくなって下を向き、うなずいた。
「姉妹もいなかったのね?」しつこく聞く。
ソアは首を振った。
「僕には兄が3人います。」出し抜けに言った。やっと普通のことが何とか言えた。
「そうなの?」と彼女は聞いた。「どこにいらっしゃるの?村に?」
ソアは首を振った。「いいえ、ここです。僕と一緒でリージョンに。」
「それなら安心ね。」
ソアは首を振った。
「いえ。みんな僕のことが嫌いなんです。僕なんかここに来なければよかったのにと思っているんです。」
初めてグウェンドリンの微笑が消えた。
「どうしてあなたのことが嫌いなの?」びっくりして彼女は聞いた。「あなたの本当のお兄さんたちなの?」
ソアは肩をすくめた。「それがわかれば良いんですが。」
黙ったまま二人はもう少し歩いた。ソアは楽しい気分を台無しにしてしまったのでは、と急に心配になった。
「でも心配しないでください。僕は気にしていないんです。ずっとこんな感じでしたから。実際、ここでは良い友達に出会えましたから。今までにない素晴らしい友達です。」
「弟のリースね?」彼女は聞いた。
ソアがうなずいた。
「リースは良い子よ。」彼女が言った。「色んな意味で私のお気に入りなの。私には4人兄弟がいるでしょう。3人は忠実だけれど、1人は違う。一番上は別の母親から生まれた父の子なの。腹違いの兄。ケンドリックは知っているでしょう?」
ソアがうなずいた。「あの方には大変お世話になっています。リージョンに入れたのもあの方のおかげなんです。素晴らしい方です。」
「そうなの。王国でも最も素晴らしい人物の一人だわ。本当の兄みたいに好きなの。そしてリースも。同じくらい好きなのよ。あとの2人は・・・そうねえ・・・家族ってものがわかるでしょ。全員と折り合いが良いとは限らない。時々、これが同じ人から生まれた者どうしなのかしらって思うわ。」
ソアは興味が湧いてきた。どんな人たちなのか、彼女との関係、なぜあまり仲が良くないのか、などもっと知りたかった。聞いてみたかったが、詮索はしたくなかった。それに彼女もずっとこのことを話していたくはなさそうだった。楽しい人で、楽しいことだけに注意を向けていたい人のようだ。
迷路の小道を歩き終えると、別の庭園に出た。草が完璧に、色々な形に刈ってある。巨大なゲームボードか何かのようだ。各方向に少なくとも50フィートは伸びている。ソアの背よりも高い木のピースが一面に置かれている。
グウェンは嬉しそうな声を上げた。
「やってみる?」と彼女が聞いた。
「これは何ですか?」ソアが聞く。
グウェンが向き直り、びっくりして目を見開き、
「ラックをしたことがないの?」と聞いた。
ソアは首を振り、ますます田舎者のような気がして恥ずかしくなった。
「最高のゲームよ!」グウェンが言った。
両手で彼の手を取り、ゲームのフィールドへと引っ張って連れて行った。嬉しそうに跳ねている。ソアも微笑まずにはいられなかった。何よりも、このフィールドやこの美しい場所よりも、ソアが感動したのは彼女の手の感触だった。必要とされている感覚だ。彼女は自分に一緒に来て欲しかったのだ。自分との時間を過ごしたかったのだ。なぜ自分のことを気にかける人がいるのだろう?特に彼女のような人が?ソアは今でもこれが全て夢ではないかという気がしていた。
「そこに立って。」彼女が言った。「そのピースの後ろ。それを動かさないといけないのよ。10秒以内にしないといけないの。」
「動かすってどういうことですか?」ソアが聞いた。
「方向を選ぶのよ、早く!」グウェンが叫んだ。
ソアは巨大な木のブロックを持ち上げて、その重さに驚いた。何歩か動かし、別の四角い枠に置いた。
迷うことなく、グウェンは自分のピースを押して移動した。ソアのピースのところに来て、それを地面に倒した。
彼女が嬉しそうな声を上げた。
「今の動きは良くないわ!」グウェンが言った。「私のところに入って来たの!あなたの負け!」
ソアは首をかしげて、地面の2つのピースに目をやった。ゲームのやり方が全くわからなかった。
グウェンは笑って、小道へと導きながら彼の腕をとった。
「心配しないで。教えてあげるから。」と彼女は言った。
教えてあげるという言葉を聞いてソアは天にも昇る気持ちだった。僕にまた会いたいと思っているんだ。一緒に時間を過ごそうと。これは夢だろうか?
「教えて。あなたはこの場所をどう思っているの?」別の迷路へと案内しながらグウェンが聞いた。こちらは高さが8フィートあり、花があしらわれていてカラフルだ。花の先には変わった虫たちが飛んでいる。
「僕が見た中で最も美しい場所です。」ソアは心からそう答えた。
「どうしてリージョンのメンバーになりたかったの?」
「それだけをずっと夢見てきたんです。」彼が答える。
「でもどうして?」彼女が聞いた。「私の父に仕えたいから?」
ソアはそれについて考えた。なぜかは考えたことがなかった。ただ、いつもそこにあったからだ。
「そうです。」彼は答えた。「そしてリングに。」
「でも自分の人生は?」彼女が聞いた。「家族を持ちたくはないの?土地は?奥さんは?」
彼女は立ち止まって、彼を見た。ソアは面食らい、神経がすり減った。そういうことは考えたことがなかったので、どう答えたら良いか全くわからなかった。彼の方を見る彼女の目はきらきら輝いていた。
「ええと・・・僕は・・・わかりません。そういうことは考えたことがないです。」
「お母様はこのことについてどうおっしゃっているの?」彼女が面白半分に聞く。
ソアの微笑みが薄らいだ。
「母はいません。」彼は言った。
彼女の微笑みが消えた。
「何があったの?」グウェンが尋ねる。
ソアは答えて、全てを話そうかと思った。母のことを誰かに話すなんて、今までで初めてのことだ。おかしなことに、自分でもそうしたかった。彼は、この出会ったばかりの彼女に自分の心を開き、心の奥で感じていることをすべて知ってもらいたいと思った。
だが彼がちょうど口を開きかけたとき、突然どこからか鋭い声が聞こえた。
「グウェンドリン!」金切り声だった。
二人ともくるりと回った。そこに彼女の母親、王妃がいた。美しい身なりで、侍女を伴い、娘のほうへ真っ直ぐに向かってくる。彼女は怒りを露わにしていた。
王妃はグウェンのところへ真っ直ぐにやって来て、娘の腕を乱暴につかみ、引っ張った。
「今すぐ中に入りなさい。私が何て言いましたか?彼とは二度と話をしてはいけません。わかりましたか?」
グウェンの顔は赤くなり、そして怒りと誇りでゆがめられた。
「離して!」母親に向かって叫んだ。それも無意味だった。母は娘を引っ張り続け、侍女もグウェンを取り囲んだ。
「離してと言ったでしょう!」グウェンが叫ぶ。彼女はソアのほうを、必死で悲しそうな、嘆願するような目で見た。
ソアにはその気持ちがわかった。自分自身も感じてきた気持ちだからだ。彼女に呼びかけたかった。引かれていくのを見るのは心が張り裂けそうだった。まるでこれからの人生が目の前で奪われるのを見ているような感じだった。
彼女が消えてからも動くことができず、その場所を見つめて息もできずに立ち尽くした。その場を離れたくなかった。ここであったことを忘れたくなかった。
何よりも、彼女に二度と会えないなんて考えたくもなかった。
*
ソアはぶらぶらと歩いて城へと戻る間、まだグウェンとの出会いで頭が混乱していて、自分の周囲のことにはまったく気づいていなかった。心はグウェンのことで一杯で、彼女の顔を見ずにはいられなかった。とても美しかった。これほど美しく、親切で優しく、気配りがあって楽しい人には出会ったことがなかった。また会いたいと思った。彼女がいないことに痛みを感じていた。自分でも彼女に対する感情をよく理解していない。そのことが怖かった。彼女のことはあまりよく知らない。だが彼女なしではいられないことはもうわかっていた。
それと同時に、グウェンを引っ張って連れて行った王妃のことを考えた。二人の間に立ちはだかる強い勢力を思い、気持ちが沈んだ。理由はわからないが、二人を引き離そうとする勢力。
頭を働かせて真相を探ろうとした時、行く手を阻もうとする力強い手の感触を胸に感じた。
見上げると、ソアよりも多分2歳ほど年上の少年がしかめ面でソアを見ていた。痩せて背が高く、ソアが見たこともないような高価な服装をしている。王家の紫色にグリーンと真紅の絹だ。丁寧に作られた羽根付の帽子をかぶっている。少年は、贅沢に育てられ、甘やかされて暮らしているように見えた。手は柔らかく、高いアーチ型の眉でこちらを尊大に見下ろしていた。
「皆は私のことをアルトンと呼んでいる。」少年が話し始めた。「国王のいとこ、アルトン卿は私の父だ。王国の領主の家系として七世紀続いている。私はいずれ公爵となる。それに対して、君は平民だね。」彼は吐き出すように言った。「宮廷は王族と地位のある者のためのところだ。君のような者の来るところではない。」
ソアは、この少年が何者なのか、自分の気分を害するためにしたことが何なのかもわからずに立っていた。
「何が目的だ?」ソアは聞いた。
アルトンがせせら笑った。
「もちろん分からないだろうな。君は何も知らないんだろうからな?どうしたら宮廷に入り込んで、我々の一員のような顔ができるのだ!」彼は吐き捨てるように言った。 「僕は何のふりもしていない。」ソアが言った。
「君が何になっているかはどうでもよい。ただ、君がこれ以上期待を膨らませる前に警告したいだけだ。グウェンドリンは私のものだ。」
ソアはショックを受けて見つめ返した。彼のもの?何と言ったらよいかわからなかった。
「生まれたときから結婚することが決まっていたんだ。」アルトンが続けた。「同じ年で、位も同じだ。計画は進んでいる。一瞬たりとも、変更できるとは思うな。」
ソアは衝撃で息ができなくなったような気がした。答える力もなかった。
アルトンは一歩近づき、見下ろした。
「わかったか」彼は小さな声で言った。「グウェンが浮気をするのは許している。実際いろいろあって、時折、平民や召使を憐れんだりもする。自分の楽しみのために相手にしている。それ以上のものだと君は思っていたかもしれないが、グウェンにとってはその程度のことなのだ。君はただの知り合いであって、お楽しみの相手の一人に過ぎない。人形のように、そういう相手を集めているだけだ。それ以上の意味は持たない。新入りの平民にわくわくしていても、一日か二日すれば飽きてしまう。すぐに君のことも捨ててしまうだろう。君は彼女にとって何の価値もない。そして一年もしないうちに彼女と私は結婚する。永遠にな。」
アルトンの目は大きく見開かれ、その決意を示していた。
その言葉にソアの心は引き裂かれた。本当なのだろうか?自分は本当にグウェンにとって何の価値もないのだろうか?彼は混乱してきた。何を信じたら良いのかわからなかった。彼女はとても純粋に見える。でももしかしたら、ソアは間違った考えに至っていたのかもしれない。
「あなたは嘘をついている。」ソアは最後に言い返した。
アルトンはせせら笑った。そして甘やかされた指を一本上げてソアの胸を突いた。
「今度君が彼女に近づいているのを見たら、私の権限を使って衛兵を呼ぶ。君は牢屋に叩き込まれるぞ!」
「何の根拠でだ!?」ソアが聞いた。
「理由なんて要らない。私には地位があるからだ。理由は作れる。そして彼らが信じるのは私だ。君の中傷が終わる頃には、王国の半分は君が犯罪者だと信じるだろう。」
アルトンは自己満足して笑った。ソアは気分が悪くなった。
「君には高潔さが欠けている。」このように品のない行動をとる者がいること自体理解できずにソアが言った。
アルトンは高い声で笑った。
「最初からそんなものは持ち合わせていない。」彼は言った。「道徳心は愚か者のためにある。私は自分の欲しいものしか持たない。君は道徳心を大切にするが良い。私はグウェンドリンを取る。」