Kitabı oku: «英雄たちの探求 », sayfa 8
第二十三章
マッギルは、部屋の扉を執拗に叩き続ける音で起こされ、目を開けようとした瞬間、起きなければよかったと思った。頭が割れるように痛む。鋭い日の光が、開いたままの城の窓から射し込む。顔を羊皮の毛布に埋めて寝ていたことに気づいた。頭が混乱して、何があったか思い出そうとした。今は家、自分の城にいる。昨夜のことを思い起こした。狩猟があり、そして森の酒場へ行った。少々飲み過ぎたが、どうにかここへ戻って来たに違いない。
彼は見回して、王妃である妻が脇で眠っているのを見た。毛布の下でゆっくりと眠りから覚めた。
扉を叩く音がまた聞こえた。鉄のノッカーを叩くすさまじい音だ。
「いったい誰かしら?」迷惑そうに彼女が聞く。
マッギルも同じことを考えていた。召使に起こさないよう指示を出していたことを思い出した。狩猟の後は特に。この報いを受けることになるだろう。
多分、執事だろう。つまらない金銭的な用事に違いない。
「そんなに叩くのは止めなさい!」マッギルはとうとう、ベッドから起き上がり、膝に肘をつき頭に手を当てて怒鳴った。洗っていない髪をかきむしり、顔をこすって起きようとした。狩猟とエールで力が尽きていた。マッギルは前ほどしなやかではなくなっている。年には勝てない。彼は疲れていて、この時、もう酒は二度と飲みたくないと思っていた。
力を振り絞って膝を伸ばし、立ち上がった。ガウンだけ羽織り、部屋を素早く横切って1フットもの幅がある扉の前まで来ると、鉄製の取っ手を引いた。
そこに立っていたのは、将軍のブロムで、脇に二人の付き人を従えていた。彼らは敬意を表して頭を下げたが、将軍は厳しい表情で王の目をまっすぐ見つめていた。この顔を見るのがマッギルは嫌いだった。いつも何か暗いニュースがあるからだ。こういう時、王であることが嫌になる。昨日はとても良い日を過ごした。狩猟は上々で、心配事などなかった若い頃を思い出した。特に、あんな風に酒場で無為に時間を過ごしたことなど。乱暴に起こされ、そうした平和な幻想もすべて消えた。
「陛下、お起こしして申し訳ございません。」ブロムが言った。
「後悔するぞ」マッギルがうなった。「重大なことなのだな。」
「そうです。」彼が言った。
マッギル国王はブロムの顔の真剣さを見て取った。振り向いて肩越しに王妃を見ると、また眠りについていた。
マッギルは入るよう彼らに合図した。広い寝室を別のアーチ型の扉を通って脇の部屋へ入ると、王妃の邪魔にならないよう扉を閉めた。マッギルは、大広間へ行きたくない時、時折この小部屋を使う。各方向20歩あるかないかの大きさで、座り心地の良い椅子が数脚、大きなステンドグラスの窓がある。
「陛下、諜報部員から、マクラウドの構成部隊がファビアン海を目ざして馬で東に向かっているとの情報が入りました。また、南の偵察部員からは帝国船団が北に向かっていると報告が入っています。マクラウドと合流するのは必至です。」
マッギルはこの情報を整理しようとした。酒を飲んだ後で頭が速く働かない。
「それから?」彼は疲れていて待ちきれずにせき立てた。尽きることのない宮廷での陰謀、憶測、ごまかしなどに疲れ果てていた。
「マクラウドが帝国と会うとしたら目的は一つしかありません。」ブロムが続ける。「峡谷の侵略とリングの崩壊を企むためです。」
マッギルは30年間共に戦ってきた老将軍を見上げ、その目に事の重大さを見た。 恐怖も見えた。そのことがマッギルを動揺させた。恐れを知らない男だからだ。
マッギルはゆっくり立ち上がった。今でも立派な体格だ。振り向いて部屋の中を窓のところまで横切って行った。外に目をやり、朝方で人気のない宮廷を見ながら考えをめぐらす。彼には、いつかこんな日が来ることが前からわかっていた。ただこれほど早いとは思わなかった。
「ずいぶん早いな。」マッギルは言った。「娘をマクラウドの王子に嫁に出してまだ数日だというのに。向こうはもうこちらの転覆を狙っていると?」
「そうです、陛下。」ブロムは心からそう思い、答えた。 「他に理由は考えられません。全ての兆候が、両国が友好的な会合を持つことを示唆しています。軍事的行動ではありません。」
マッギルはゆっくりと首を振った。
「しかし筋が通らない。マクラウドは帝国の侵入を許すことができないはずだ。どうしてわざわざそんなことをするのだ?仮に何らかの理由でこちらの盾を下げて侵入させたとして、何が起こる?帝国はマクラウドも崩壊させるだろう。彼らとて安全ではない。それはわかっているはずだ。」
「恐らく協定を結ぶものと」ブロムが反論する。「わが国だけを攻撃する代わりに、帝国の侵入を許すのかも知れません。それによってマクラウドがリングを支配できるように。」
マッギルは首を振った。
「マクラウドは利口だ。そこはわかっている。狡猾だからな。帝国が信用できないことを知っている。」
将軍は肩をすくめた。
「それほどリングの支配権を手に入れたいのかも知れません。それに賭けても良いと思っているのでしょう。特に、王のお嬢様を妃殿下に迎えた今は。」
マッギルはこのことを考えた。頭がガンガンしている。今、これほど朝早くから、このことの処理に当たりたくはない。
「それでは、どのような提案があるのだ?」自分は考え疲れ、策が思いつかずに尋ねた。
「マクラウドに先制攻撃をしかけることもできます、陛下。今がその時です。」
マッギルは信じられなかった。
「娘を嫁がせた矢先にか?それは違う。」
「今しなければ」ブロムが反論する。「マクラウドに我々の墓を掘らせることになります。遅かれ早かれ、向こうが攻撃をしてくるのは確かです。もし彼らが帝国と手を組んだら、我々はおしまいです。」
「高原はそう簡単に越えられんだろう。狭まっている箇所はすべて抑えてある。いくら帝国を後ろに従えていても、向こうの大敗に終わるだろう。」
「帝国には数百万の兵がいます。」ブロムが答える。「大量に兵を失ってもまだ余裕があります。」
「盾を下げたとしても」マッギルが言う。「数百万もの兵が峡谷や高原を越えたり、船で接近したりするのはた易いことではない。そのような動員はこちらも早くから察知する。警告が出るだろう。」
マッギルは考えた。
「いや、我々からは攻撃をしかけない。ただし、今の時点で慎重な措置を取っておくことはできる。高原のパトロールを倍増し、要塞を強化する。諜報部員も二倍に増やす。それだけだ。」
「わかりました、陛下。」ブロムはそう言うと、振り向いて補佐官たちと共に部屋から急いで出て行った。
マッギルは窓のほうを向いた。頭が鳴っている。地平線で戦いが起ころうとしているのを感じ取った。それは冬の嵐のように避けられないものだ。彼にできることは何もない、ということも察していた。周りを見回した。城、石、眼下に広がる素朴な美しさの宮廷。そしてこれらがあとどれだけ続くのだろうかと考えずにはいられなかった。あと一杯、何に乾杯したらよいのかと。
第二十四章
ソアはあばらを足で突かれているのを感じ、ゆっくりと目を開けた。わらの山にうつぶせで寝ていた。しばらくの間、自分がどこにいるのかわからなかった。頭は百万ポンドあるかと思われるほど重く、のどはこれまで経験したことがないほど乾いている。目や頭が死ぬほど痛む。落馬でもしたのかと思った。
また突かれた。起き上がると、部屋がぐるぐる回っている。ソアはかがんで、何度もゲーゲー言いながら吐いた。
周りで笑い声が上がった。見上げると、リース、オコナー、エルデン、そして双子の兄弟が近くで見下ろしていた。
「やっと眠りの森の美女が起きたよ!」リースが笑って言った。
「もう起きないかと思った。」オコナーが言う。
「大丈夫か?」エルデンが聞いた。
ソアは起き上がって座り、何がどうなっているのか把握しようとしながら手の甲で口を拭った。その間、数フィート離れたところに寝ころんでいたクローンがクンクン鳴いて走り寄って来た。ソアの腕に飛び込み、シャツに頭を埋めた。ソアはクローンを見てほっとし、そばにいてくれるのを喜んだ。 そして思い出そうとした。
「ここはどこだい?」ソアが聞いた。「昨日の夜は何があったんだろう?」
3人が笑った。
「昨日は飲みすぎたと思うよ。 エールで酔っ払った人がいたよ。覚えてない?酒場だよ?」
ソアは目を閉じた。こめかみに手を当て、思い出そうとした。瞬間、瞬間を思い出した。狩猟、酒場に入ったこと、酒。上の階に連れて行かれたこと、娼館。そのあとは真っ暗だ。
グウェンドリンのことを思うと、心臓の鼓動が速くなった。あの女と何かばかなことをしてしまったのだろうか?グウェンとのチャンスを失うような?
「何があったの?」ソアは手を合わせ、リースに真剣に問いただした。「お願いだよ、教えて。あの女と何もなかったと言ってくれよ。」
皆は笑ったが、リースは彼がどんなにがっかりしているかがわかり、友達の顔を真剣に見つめた。
「心配するな」リースが答えた。「何にもなかったよ。女の部屋で吐いて床に倒れた以外はね!」
皆がまた笑った。
「さんざんな初体験だな」エルデンが言った。
だが、ソアはすごくほっとした。グウェンを遠ざけないで済んだ。
「君に女を買ってやるのはもうやめた!」コンバルが言った。
「完全に金の無駄だ。」コンベンが言う。「あの女、金を返そうともしない!」
少年たちがまた笑った。ソアは屈辱感を味わったが、何もかもを台無しにしないで済み、ほっとしていた。
彼はリースの腕を取り、脇へと引っ張った。
「君のお姉さんは」ソアは急いでささやいた。「こんなこと何も知らないよね?」
ソアの肩に腕をかけながら、リースはゆっくりと笑い顔になった。
「君の秘密は僕が守る。何もしていなかったとしてもね。姉さんは知らないよ。すごく真剣なのがわかって、僕も嬉しい。」とリースは言い、真剣な顔つきになった。 「君が本気なのが今よくわかった。女遊びをするような奴なら、僕だって義理の兄弟になんかなりたくないからね。実は、このメッセージを渡すように頼まれてたんだ。」
リースは小さな巻紙をソアの手のひらに入れた。ソアは混乱して見下ろした。ピンク色の紙に王家の印が押してある。ソアにはわかった。心臓がどきどきした。
「姉からだ。」リースが付け加えて言った。
「おー!」一斉に声が上がった。
「ラブレターをもらった人がいる!」オコナーが言った。
「読んで聞かせろよ!」エルデンが叫ぶ。
他の皆も笑った。
ソアは一人になりたかったので、皆から離れてバラックの横に急いで行った。頭は割れそうに痛いし、景色もまだ回っていたが、そんなことはもう気にならなかった。 ソアは繊細な羊皮紙の巻紙をほどき、震える手で手紙を読んだ。
「正午にフォレストリッジで会ってください。遅れないでくださいね。それと周りに気づかれないように。」
ソアは手紙をポケットに入れた。
「何て書いてあった、色男?」コンバルが呼びかけた。
ソアは急いでリースのところへ行った。彼なら信用できるとわかっていた。
「リージョンは今日演習がないよね?」ソアが聞いた。
リースが首を振った。「もちろんさ。今日は休みだからね。」
「フォレストリッジってどこ?」ソアが聞いた。
リースが微笑んで、「ああ、グウェンのお気に入りの場所だ」と言った。「イースタンロードで宮廷から出て、ずっと右側を行くんだ。丘を上がって、二番目の小山を越えた辺りからだ。」
ソアはリースを見た。
「お願い、誰にも知られたくないんだ。」
リースが微笑んだ。
「姉さんもそうだと思うな。もし母上が知ったら、二人とも殺すだろう。姉さんを部屋に閉じ込めて、君は王国の南の辺境に追放だ。」
ソアは想像して息をのみ、
「本当かい?」と尋ねた。
リースはうなずいた。
「母上は君のことが好きじゃないんだ。なぜかはわからないが、その考えは変わらない。早く行け。誰にも言うなよ。心配するな。」リースが手を合わせて言った。「僕も言わないから。」
*
ソアは朝早いうちに先を急いだ。クローンがそばを駆け回っている。ソアは人目につかないよう努めた。リースの説明を頭の中で繰り返しながらそれに従い、小さな丘を登り、うっそうとした森に沿って急ぎ足で宮廷の周辺から出た。左側には敷地が下のほうにあり、ソアは険しい尾根の端にある狭い小道を歩いた。左側には崖があり、森は右だった。フォレストリッジだ。ここで会うとグウェンは言っていた。彼女は本気なのだろうか?それともただの遊びなのか?
あの神経質なアルトンは正しかったのだろうか?ソアはただのお遊びの相手だったのか? 彼女はすぐに飽きてしまうのだろうか?ソアはそうではないことを何よりも願った。彼女の自分への感情が純粋であると信じたかった。一方で、そんなことがあり得るものなのか、なかなか思い描けずにいた。彼女は自分のことを良く知らない。そして王族だ。自分になど、どんな興味を持つというのだろう?彼女のほうが1、2歳上で、年上の少女がソアに興味を持ったことがないのも言うまでもない。実際、どんな女の子にも興味を持ってもらったことなどない。故郷の小さな村に、選ぶほどたくさん少女がいたというわけでもないが。
ソアは女の子のことをこれほど考えたことさえなかった。姉妹と一緒に育てられたわけでもなく、村には少女が選ぶほどはいなかった。この年齢では、興味を持つ少年自体全くいないようだった。ほとんどの少年は18歳ぐらいで定められた結婚をするようだった。それはむしろの商売の取り決めのようなものだった。25歳になっても結婚していない位の高い者には、選択の 日があった。花嫁を選ぶか、出かけて行って誰かしら選ぶことを義務付けられていた。ソアはこれには該当しない。彼には財力がなく、そのような身分の場合は、家族に利益となるような方法で結婚して別の家に行くのだった。家畜の交換のようなものだ。
しかしグウェンに出会った時、すべてが変わった。ソアは、生まれて初めて何かに心を打たれた。その感情はあまりにも深く強く、切羽詰ったものだったため、他のことは何も考えられなくなってしまった。彼女に会った二度とも、その感情は深まるばかりだった。なぜかは分からなかったが、彼女と離れていると痛みを感じた。
ソアは尾根に沿い、ペースを速めて歩いた。グウェンをあちこち探し、もし本当に会ってくれるのだとしたら、それはどこなのかと考えていた。一番目の太陽の位置が高くなり、ソアの額に玉のような汗が一筋浮き出た。まだ前夜の名残で気分が悪かった。太陽が更に高く昇り、彼女を探しても無駄のようであった。本当に自分に会うつもりなのだろうかと考え始めた。また、自分たちをどれほど危険に陥らせているのか、ということも考えた。彼女の母親、つまり王妃がそれほど反対しているなら、本当に自分を王国から追放するのだろうか?リージョンからも?ソアが知り、好きになったすべてのものから?そうしたら、ソアは一体何をすれば良いのだろう?
彼はこうしたことを考えながら、それでも彼女と一緒にいられるのなら、それだけの価値があると心に決めた。そのチャンスのために、すべてのリスクを負うことにした。笑いものにされていないこと、あるいは、彼女の自分への感情が真剣だと早まった結論を下したのでないことだけを願った。
「私の前を通り過ぎようとしてたの?」声がした。続いてくすくす笑う声も聞こえた。
ソアは油断していたので飛び上がった。そして立ち止まり、振り向いた。大きな松ノ木の下にグウェンドリンが微笑みながら立っていた。その微笑みに彼の心はすっかり舞い上がった。彼女の目の中に愛情を感じた。そしてソアの不安や恐怖は一瞬にして消えた。彼女のことを勘ぐるなんてばかなことをした、と自分を叱った。
クローンが彼女を見てキーキーと鳴いた。
「ここにいるのは何!?」彼女は嬉しそうに声を上げた。
グウェンが跪くと、クローンは彼女の方へ走って行った。そして腕に飛び込んでクンクン鳴いた。彼女はクローンを抱き上げて撫でた。
「なんて可愛いんでしょう!」グウェンはクローンをしっかり抱きしめて言った。クローンが彼女の顔をなめた。 グウェンは笑って、クローンにキスをし、
「あなたの名前はなんていうの、おちびちゃん?」と尋ねた。
「クローンだ。」ソアが言った。やっと今回、前ほど口ごもらなくなった。
「クローン」彼女が、ヒョウの目を覗き込みながら繰り返した。「それで、このヒョウのお友達は毎日連れて歩いてるの?」笑いながらソアに聞いた。
「僕が見つけたんだ。」ソアは、いつもと同様、グウェンの目を気にしながら言った。「狩猟の時に森で。君のお兄さんに、見つけた以上僕が飼うべきだと言われたんだ。そういう運命だったんだと。」
彼女はソアを見て、真剣な表情になった。
「そう、それは正しいわ。動物は神聖なものだから。あなたが見つけるんじゃなくて、向こうが見つけるのよ。」
「一緒にいても良いよね。」ソアが聞いた。
グウェンがくすくす笑った。
「いなかったら悲しくなるわ。」彼女が答えた。
彼女は、誰も見ていないか確かめるように左右両方を見回し、手を伸ばしてソアの手を取ると、森の中へと引っ張って行った。
「さあ行きましょう」グウェンがささやいた。「誰かが私たちのことを見つける前に。」
ソアは、森の小道へと案内されながら、彼女の手の感触に気分が高揚していた。森の中に急いで向かった。巨大な松の木々の間で小道は曲がりくねっている。グウェンはソアの手を離したが、彼はその感触を忘れなかった。
彼女が自分のことを本当に好きでいてくれる、と自信が持てるようになった。そして、多分母親から、見つかりたくないと思っているのも明らかだった。彼女もソアと会うのにリスクを冒しているため、明らかにこのことをとても真面目に考えているのだった。
その後、彼女は単にアルトン、または別の少年たちに見つかりたくないだけなのかも知れない、ともソアは思った。アルトンは正しいのかも知れない。あるいは、ソアと一緒にいるところを見られるのが恥ずかしいのかも知れない。
ソアはそうした複雑な感情が自分の中で渦巻いているのを感じた。
「どうして黙ってるの?」沈黙を破り、彼女が聞いた。
ソアは迷った。自分が考えていたことを話して何もかも台無しにする危険を冒したくなかった。だが同時に、自分の不安を鎮めたかった。彼女の思っていることを知る必要があった。もう自分の内にとどめておけない。
「前に別れた後、アルトンに会ったんだ。僕に対抗してきた。」
グウェンドリンの顔がくもり、陽気さが消えた。こんなことを持ち出して、すぐにソアは罪の意識を感じた。ソアは彼女の気立ての良さを大事に思っていたので、それを取り戻したいと願った。この話をやめたかったが、もう遅かった。もう後には戻れない。
「アルトンは何て言った?」沈んだ声だった。
「僕に君から離れろと言った。君は僕のことなんか本当には気にかけていない、ただの遊びで1日か2日で飽きてしまうだろうって。君と彼は結婚することに決まっているとも言っていた。」
グウェンドリンは、憤りの混じった嘲笑を浮かべた。
「それから?」彼女は鼻で笑った。「あいつは誰よりも傲慢で我慢ならない男よ。」怒って言った。「小さい時から悩みの種だったわ。親同士がいとこだからという理由だけで、自分が王族の一員だと思っているのよ。資格がありながらあれほどふさわしくない人は見たことがないわ。おまけに、どういうわけか自分と私が結婚すると思い込んでいるのよ。まるで、両親が決めたことには私が何でも従うみたいに。そんなことはしないわ。特に彼とは絶対に。見るのも耐えられないわよ。」
ソアは彼女の言葉にほっとした。百万ポンドも軽くなったような気がした。木のてっぺんで歌でも歌いたい気分だった。正に聞きたかったことが聞けた。気分を暗くさせて悪かったと思った。だが、まだ完全に満足したわけではなかった。自分に対して本当に好意を持っているのかどうか、彼女がまだ何も言っていないことに気づいた。
「あなたに関しては」ソアのほうとちらりと見て目をそらし、彼女が言った。「私はあなたのことをまだよく知らないし、自分の気持ちを決めなくちゃならない必要も今はまだないと思う。でも、あなたのことが嫌いだったら、こうして一緒に過ごすこともないだろう、とは言っておくわね。もちろん、自分の思うとおりに考えを変える権利が私にはあるわ。私は気が変わりやすいの。恋愛に関してはそうでもないけど。」
ソアはそれだけ聞けば十分だった。彼女の真面目さと、「恋愛」という言葉の選択に感動した。元気を取り戻した。
「ちなみに、あなたにも同じ質問をしたいわ。」彼女が反対に尋ねてきた。「実際、私はあなたより失うものが多いわ。私は王族だし、あなたは平民、そして私のほうが年上であなたは若い。私のほうがより慎重になるべきだと思うでしょう?宮廷では、あなたの計略や、立身出世を狙っていること、私を利用しようとしていること、高い地位に飢えていること、王に気に入られようとしていること、いろいろな噂が入ってくるわ。これを全部信じたほうが良いかしら?」
ソアは怖くなった。
「いいえ!絶対にそんなことはありません。そういったことは考えたこともないです。あなたといるのは、他の場所にいることなど考えられないからです。一緒にいたいから。一緒にいない時にも、他のことが考えられないからです。」
かすかな微笑がグウェンの口元に浮かんだ。そして表情が和らいだのがソアにもわかった。
「あなたはここに来てまだ日が浅いわ。」彼女が言った。「宮廷や王室の生活には不案内でしょう。ものごとがどういうしくみになっているのか理解する時間が必要よ。ここでは誰も本当のことを言わないわ。誰しも策略があるのよ。皆、権力や地位、富や肩書きを得ようとしているの。どんな人の言うこともそのまま信じてはいけないわ。 皆それぞれスパイがいて、派閥や策略があるの。例えばアルトンが自分たちの結婚が決まったものだと言ったときだって、本当はあなたと私がどれくらい親しいのか知ろうとしていただけなのよ。彼は脅威を感じたんだわ。それを誰かに報告しているはずよ。彼にとって、結婚は愛を意味するわけではない。それは結合。財政的に得になるから、あるいは地位や土地が得られるからなのよ。宮廷では見た目どおりのことは一つもないわ。」
突然クローンが二人の前を通り、森の小道を下って空き地へと駆けていった。
グウェンはソアを見てくすくす笑った。手を出して彼の手を取り、一緒に駆け出した。
「行きましょう!」わくわくした様子で彼女が言った。
二人は笑いながら小道を走って行き、大きな空き地に出た。その風景にソアは驚いた。そこは美しい森の中の草原で、膝ぐらいの高さの、あらゆる色の野の花で埋め尽くされていた。いろいろな大きさや色の小鳥と蝶が飛び交い、草原は小鳥のさえずりで活気にあふれていた。 太陽に明るく照らされ、そこは高い、暗い森の中の秘密の場所のようだった。
「ハングマンズ・ブラインドをやったことある?」笑いながら彼女が聞く。
ソアは首を振った。答える前にグウェンは首からハンカチを取って手を伸ばし、ソアの目を覆って後ろで縛った。彼は見えなくなり、彼の耳元でくすくす笑った。
「あなたよ!」グウェンが言った。
そして彼女が草地に走っていくのが聞こえた。
彼は微笑んだ。
「どうすれば良いんだ?」ソアが呼びかける。
「私を見つけるのよ!」グウェンが答えた。
彼女の声は既に遠い。
ソアは目隠しをしたまま、つまずきながら彼女を追い始めた。ドレスの衣擦れの音を注意深く聞き、そちらへ行こうとした。これが難しく、手を前に突き出し、草原だとわかっていても木にぶつからないかと思いながら走った。あっという間に方向がわからなくなり、円を描いて走っているような気がした。
それでもソアは音を聞き続け、遠くに彼女の笑い声を聞いた。調節しながらそちらの方向へ走って行った。近くなったように思う時もあれば、遠ざかったように思える時もあった。ソアはくらくらしてきた。
クローンがキャンキャン吠えながら自分のそばに走ってくるのを聞いた。そして代わりにクローンの声を聞き、そのあとをついて行った。そうしているうちにグウェンの笑い声が大きくなり、クローンが彼女のところまで案内してくれたのだと気づいた。クローンがゲームに加わるほど利口なのに驚いた。
ソアは、直にほんの一歩先に彼女がいるのが聞こえた。彼女を追って、空き地を色々な方向にジグサグに進んだ。彼が手を伸ばしてドレスの端をつかむと、グウェンは嬉しそうに叫んだ。彼女をつかんだ時ソアがつまずいて、二人とも柔らかい地面に倒れた。彼は、自分が先に地面に着いて彼女がその上で落ちた衝撃が和らぐよう、着地寸前に転がった。.
ソアは地面に、彼女はびっくりして叫びながらその上に落ちた。グウェンは手を伸ばしてハンカチを取るときも笑っていた。
ソアは、グウェンの顔がほんの数インチのところにあるのを見て心臓が高鳴った。彼女の体重を、薄い夏用のドレスの下の体の線を自分の上に感じた。全体重が彼の上にかかっていたが、グウェンはそれを避けるために動こうともせず、彼の目を見つめた。二人とも息が浅かった。彼女は相手から目をそらさなかった。彼も同じだった。ソアは心臓の鼓動が速くなり、集中して考えることができなかった。
突然、グウェンがかがみ込み、彼の唇に自分の唇をつけた。ソアの想像をはるかに超えた、柔らかな感触だった。その瞬間ソアは生まれて初めて、生きているという実感が湧いた。
彼は目を閉じ、彼女もそうした。唇を合わせたまま二人とも動かなかった。どれくらいの間そうしていたかソアにはわからない。時を止めてしまいたかった。
やがて、ゆっくりと彼女は顔を離した。目をゆっくりと開けるときも微笑み、体はまだ彼の上に横たえたままだった。
二人はお互いを見つめながら、長いことそうしていた。
「あなたはどこから来たの?」微笑みながら、グウェンがささやくように聞いた。
ソアは微笑み返した。どう答えたら良いかわからなかった。
「僕は普通の人間だよ。」彼は言った。
彼女は首を振って微笑んだ。
「いいえ、違うわ。私にはわかる。もっとずっと遠くから来たのよ。」
彼女はかがんでもう一度キスをした。今度はもっと長い間唇を合わせていた。彼は手を伸ばして彼女を髪を撫でた。彼女も彼の髪を撫でた。ソアは心臓が速く打つのを止めることができなかった。
この後どうなっていくのだろう、と彼は考え始めていた。これだけ二人の間にたちはだかる力が働いていながら、二人が一緒にいることなどできるのだろうか?結婚することなど可能なのだろうか?
ソアは、自分の人生の何よりもそうできることを願った。リージョンへの入隊を希望したよりも、今では彼女と一緒にいたいという気持ちのほうが強かった。
ソアがそんなことを考えていた時、草むらで急にカサカサいう音がした。二人ともびっくりして振り向いた。一歩先のところでクローンが草の中を飛び跳ねた。そしてもう一度カサカサという音がした。クローンはキャンキャン吠えたあとうなり声を上げた。そのあとシューという音がしたが、やがて静かになった。
グウェンはソアから離れ、二人は起き上がって見た。ソアは、何だろうと思いながら、グウェンを守ろうとして立ち上がった。何マイル先までも人影は見えなかった。だが、誰かが、何かがほんの数歩先の高い草むらにいたはずだ。
クローンが二人の前に現れた。その口と鋭い歯から、ぐったりとなった大きな白ヘビが垂れ下がっていた。恐らく10フィートはあるだろう。皮は白く光り、巨木の枝ほどの太さがあった。
ソアはその瞬間、何があったのかわかった。クローンがこの恐ろしい爬虫類の攻撃から二人を守ってくれたのだった。クローンへの感謝の気持ちでいっぱいになった。
グウェンははっとした。
「ホワイトバック」彼女が言った。「王国で最も殺傷力のある爬虫類よ。」
ソアは恐怖で圧倒され、見つめた。
「このヘビは存在しないと思っていた。ただの伝説だと。」
「とても珍しいのよ。」グウェンが言った。「今までで一度しか見たことがないわ。祖父が亡くなった日に。それが前兆だったんだわ。」
彼女が振り向いてソアを見た。
「死が近い、ということだわ。身近な誰かの死が。」
ソアは背筋がぞくっとした。急に冷たい風が夏の日の草原を行き渡った。彼には、彼女が正しいことがはっきりわかっていた。
第二十五章
グウェンドリンは城内を一人で歩き、螺旋階段を上り、何度も曲がって最上階に着いた。頭の中をソアへの思いが駆け巡った。散歩のこと。キス。そしてヘビ。
相反する感情が心のうちで燃えた。彼と一緒にいられるのは大きな喜びだった。その一方で、死の前兆であるあのヘビへの恐怖に慄いていた。それが誰を意味するのかはわからないが、頭からそのことが離れなかった。誰か、自分の家族であることを恐れた。兄弟の一人なのだろうか?ゴドフリー?ケンドリック?母だろうか?それとも、考えるだけで震えたが、父なのだろうか?
あのヘビを見たことが、二人の楽しい一日に暗い影を落とした。そして一度楽しい気分が損なわれると、もう取り戻すことができなかった。二人は共に宮廷への帰途についた。誰にも見られないよう、森を出る手前で別々の道に出た。一緒にいるところを母に見つかるのは最も避けたいことだった。だが、グウェンはそう簡単にソアをあきらめるつもりはなかった。そして母と闘う方法を見つけようと思い、それを考え付くための時間が必要だった。
ソアと離れているのは苦痛だった。思い起こすと、悪い気がした。また会えるかどうか尋ね、別の日に予定を立てようと思っていたのに、ヘビを見て動揺し、呆然として聞くのを忘れてしまった。彼のことを気にもしていないとソアが思うのでは、と心配になった。
宮廷に着いた瞬間、父の召使に呼び出された。それから階段を上り始め、なぜ父が自分に会いたいのか考えて心臓がどきどきしてきた。ソアと一緒のところを見られたのだろうか?父がこれほど急に会いたがる理由は他にない。父も、彼と会うのを禁じるつもりだろうか?そうするとは考えられなかった。父はいつだって自分の味方をしてくれた。
グウェンは息を切らし、最上階に着いた。回廊を急ぎ足で行き、はっとして気をつけの姿勢を取り、父の部屋への扉を開けてくれた付き人たちの前を通り過ぎた。召使がもう二人、室内で待ち受けていて、彼女が現れるとお辞儀をした。
「二人だけにしてくれ」父が彼らに言った。
彼らは礼をすると部屋から急いで出て行った。その後ろで閉まる扉の音がこだました。
父が笑みを浮かべながら机から立ち上がり、広い部屋を横切ってグウェンのほうへ来た。彼女はいつも通り父を見て気が楽になり、顔に怒りの表情がないことに安心した。
「グウェンドリン」彼が言った。
王は腕を広げて、娘を抱擁した。彼女も父を抱きしめた。それから父は娘を、燃えさかる火のそばに置かれた二脚ある大きな椅子へと案内した。二人が火のそばに来る時、大型犬のウルフハウンド数頭が道を空けた。ほとんどがグウェンの子どもの頃からいる犬たちである。二頭が彼女の後を追ってきて、膝の上に頭を載せた。グウェンは火が嬉しかった。今日は夏にしては寒すぎる。
二人の目の前で火が音を立て、父は火の方へかがみ込んで炎を見つめた。
「なぜ私がお前を呼んだかわかるかね?」父が尋ねた。
彼女は父の顔を見たが、まだはっきりとはわからなかった。
「いいえ、お父様。」
父はびっくりしてグウェンを見た。
「この間、兄弟たちと話しあっただろう。王位の件だ。そのことで話がしたかった。」
グウェンは安心して心が軽くなった。ソアのことではなく、政治のことだった。政治なんてばかばかしい。彼女はこれっぽっちも気にしていなかった。安心して息をついた。
「ほっとしているように見えるが」と父は言った。「何の話だと思ったのかね?」
父は察しが良すぎる。いつもそうだ。自分の心を本みたいに読んでしまう数少ない人々の一人だった。父の前では用心しないと。
「何も考えていませんでした、お父様。」彼女は急いで言った。
父はまた微笑み、
「そうか。それでは教えてくれ。私の選択をどう思う?」と尋ねた。
「選択?」グウェンが聞く。
「私の後継者だ!王国の!」
「私のことですか?」彼女が聞いた。
「他に誰がいるというんだ?」父が笑った。
グウェンは顔が赤くなった。
「お父様、控えめに申し上げても、私には驚きでした。第一子ではありませんし、女です。政治のことはわかりませんし、気にもしていません。王国を治めることだってそうです。政治的な野心なんかありません。なぜ私をお選びになったのかわかりません。」
「まさにそうした理由からだ。」彼は言った。真面目な顔だった。「王位に就こうという野心がないことが理由だ。お前は要らないと思っている。そして政治のことを知らない。」
王はそこで深呼吸をした。
「だが、お前は人間というものがわかっている。非常に洞察力がある。私に似たのだな。母親からは機転を、人と接する能力は私から受け継いだようだ。人の見極め方を知っていて、人物を見抜くことができる。それこそが王に必要な資質だ。他人の本質を知ること。それ以外に必要なものはない。他のことは技巧に過ぎない。自分に仕える者たちがどのような人物かを知り、理解しなさい。自分の直感を信じること。皆によくしてあげること。それだけだ。」
「国を治めるにはそれ以外のこともあるのでは。」グウェンが言った。
「そうでもない。」父が言う。「すべてこうしたことから始まり、決定もこれらのことを元に下す。」
「ですがお父様、まず私自身に国を治める意思がないことをお忘れです。まだお父様はお元気ですし、第一子の婚礼の日に行うこのような伝統はばかげています。なぜ続けるのですか?私は話題にもしたくありませんし、考えたくもありません。お父様がお亡くなりになる日など来なければ良いと思っています。ですから、こんなことは全部意味のないことです。」
彼はいかめしい表情で咳払いをした。
「私はアルゴンと話をした。彼は私の将来に暗い影を予見している。自分でもそのような感じがしている。備えておかなければならない。」王が言った。
グウェンは胃が締め付けられる思いだった。
「アルゴンは道化師みたいなもの、魔法使いでしょう。言うことの半分は実際に起こりません。私はアルゴンの言うことには耳を貸しません。おかしな予言に流されないでください。お父様は大丈夫です。長生きなさいます。」
だが王はゆっくりと首を振った。その顔に悲しみの色があるのを彼女は見て取り、これまで以上に胃が締め付けられる思いがした。
「グウェンドリンよ、私はお前が大好きだ。お前に心構えをしておいてもらいたいのだ。そしてリングの次の統治者になって欲しい。私は真剣に言っているのだよ。これは要求ではなくて命令だ。」
彼は真剣な眼差しでグウェンを見た。目は暗く、それが彼女を怯えさせた。そのような父の顔を見たことがなかった。
涙が目にたまっているのを感じ、手で目をこすった。
「お前に辛い思いをさせてすまない。」父は言った。
「それならこんな話はやめてください」グウェンが泣きながら言った。「死んでなんか欲しくない。」
「すまないと思うが、やめることはできない。私はお前に答えて欲しいのだ。」
「私はお父様に失礼なことはしたくありません。」
「ではイエスと言っておくれ。」
「でも一体どうやって私が統治などできるのでしょう?」彼女が助けを求めるように言った。
「お前が考えるほど難しいことではない。顧問団がついておる。まず第一のルールは誰も信用しないこと。自分を信じなさい。これはできるだろう。知識がないことや純真さこそが、お前が偉大な理由なのだ。純粋な決断ができる。約束しておくれ。」王が求めるように言った。
グウェンは彼の目を見た。そしてこれが父にとっていかに大きな意味を持つかを悟った。 彼女は、父の陰鬱な精神状態を和らげる以外に理由がないのであれば、この話はやめて元気づけたかった。
「わかりました。約束します。」グウェンは急いで言った。「これでお気が楽になりましたか?」
彼は後ろにもたれかかり、安心した様子がグウェンにもわかった。
「なったよ」彼が言った。「ありがとう。」
「よかった。そうしたら、何か他のことを話しませんか?本当に起こりそうなことを?」彼女が尋ねた。
父は反り返って大声で笑った。百万ポンドほど軽くなったように見えた。
「お前のそういうところが好きだ」父が言った。「いつも幸せそうだ。いつも笑わせてくれる。」
彼は娘を観察した。父が何か探っているのをグウェンは感じた。
「何か特に幸せそうに見えるな」彼が言った。「男の子が関わっているのかな?」
グウェンは顔が赤くなった。彼女は立ち上がり、父に背を向け、窓のほうへ歩いて行った。
「お父様、ごめんなさい、それはプライベートなことです。」
「お前が王国を治めるのだとしたら、それはプライベートなことではないのだよ」彼が言った。「詮索はしない。だが、お前の母親が監視をつけるよう求めてきた。あれはそれほど大目に見てくれないと思っておる。私はこれ以上なにも言わないが、覚悟はしておきなさい。」
グウェンは胃が締め付けられた。顔をそらし、窓の外を見た。この場所が嫌いだった。どこか別の場所にいたかった。素朴な村の農場で、ソアと質素な生活がしたかった。こうしたこと全てから、自分を支配しようとするすべての勢力から離れて。
肩に優しく手が置かれるのを感じた。そして父のほうに向き直り、自分に微笑みかけているのを見た。
「お前の母親は気性が激しい。だが、彼女が何を決めようと、私はお前の味方だということをわかっておいておくれ。恋愛のことに関しては、自分で自由な選択ができるようでなければならない。」
グウェンは手を伸ばして父を抱きしめた。この瞬間、彼女は父親が何よりも好きだと思った。ヘビの前兆のことなど頭から振り払おうとして、それが父のことでありませんように、と心を込めて祈った。
*
グウェンは回廊を次々と曲がって行った。ステンドグラスの列を通り過ぎ、母の部屋へと向かって行った。母に呼び出されるのが、支配しようとするやり方が嫌だった。いろいろなことで、本当に王国を支配しているのは母だった。あらゆる点で彼女は父より強く、自分の立場を固守して父ほど簡単には譲歩しなかった。もちろん、王国の誰もそのことを知らない。父は強い国王の顔を見せていたし、賢い王に見えた。
だが城に戻れば、扉の向こうで父は母の助言を求めていた。母のほうがより賢明で、より冷徹であった。計算高く、頑固で恐れを知らない者で、まるで岩のようだった。大家族を鉄拳で支配していたのだった。欲しいものがあり、それが家族のためになると思い込んだら、彼女は絶対に実現させた。
そして今、母の鉄の意志はグウェンに向けられようとしていた。グウェンは既に母と対決しようと身構えていた。自分の恋愛に関することだと察し、ソアと一緒にいるところを見つかったのではと恐れた。だが、決して一歩も引かないと決意を固めていた。何を引き換えにしても。ここを離れなければならないなれば、そうするだろう。母は自分が欲しいもののためなら、娘を牢獄に入れることもし兼ねない。
グウェンが母の部屋に近づくと、召使が大きな樫の扉を開けた。グウェンが入る時、下がって道をあけ、扉を後ろで閉めた。
母の部屋は父のそれよりもずっと小さく、もっとくつろいだ雰囲気だった。大きなラグが敷かれ、小さなティーセットとゲームボード、そして繊細な造りの黄色いベルベットの椅子が何脚か、音を立てて燃える暖炉のそばにある。母は、グウェンが来ることがわかっていながら背を向けたまま、その椅子の一つに座っていた。彼女は火のほうを向き、お茶を飲みながらゲームボードの駒を動かしていた。後ろには二人の女官が控えていた。一人は王妃の髪を整え、もう一人はドレスの後ろのひもを結んでいた。
「お入りなさい。」母の厳しい声がした。
グウェンは、母がこんな風に、召使がいるところで裁きを始めるのが嫌いだった。話をするときに父がそうしたように、人払いをしてくれたらと願った。プライバシーや礼儀の観点からそれぐらいはできるはずだ。でも母は決してしたことがなかった。グウェンは、これが攻撃的な作戦なのだと悟った。召使をそばに侍らせ、話を聞かせてグウェンを追い詰める。
グウェンは、部屋を横切って、母の反対側のベルベットの椅子に座るしかなかった。火に近すぎる。これも母の攻撃的作戦の一つだろうか。火のそばで相手を暑がらせて油断した隙を突く。
王妃は目を上げなかった。ボードゲームを見つめたまま、複雑な迷路の象牙のピースを進めていた。
「あなたの番よ。」母が言った。
グウェンはボードを見た。母がまだこのゲームを続けていることに驚いた。自分が茶色のピースだったことを思い出したが、母とはもう何週間もこのゲームをしていない。母はポーンにかけては凄腕だ。だがグウェンはもっとうまかった。母は負けるのが嫌で、完璧な動きをしようとこのゲームの分析を長いことしていたのが明らかだ。グウェンが来た今、また始めたのだった。
母と違い、グウェンはボードをじっくり観察する必要などない。ちらと見るだけで頭の中で完璧な動きがわかるのだ。手を伸ばして茶色のピースを一つ、ボードのずっと端まで横に動かした。 これで母が一歩負けに近づいた。
母は下を見つめた。眉がかすかに動いたほかは表情を変えない。グウェンにはそれが狼狽を意味するのがわかっていた。グウェンのほうが賢かったが、母は決してそれを認めようとしなかった。
母は咳払いをし、娘にはいまだに目もくれずにボードを見つめた。
「あなたとあの平民の少年の向こう見ずな行いは、すべて承知していますよ。」彼女がばかにするように言った。「あなたは私に逆らうのね。」母は娘を見上げた。「どうして?」
グウェンは深呼吸をし、胃が締め付けられる思いをしながら、最も良い答えを探していた。決して屈したりしない、と思っていた。今度こそ。
「私のプライベートなことはお母様には関係がありません。」グウェンが答えた。
「そうかしら?そうしたことは取引によるものですよ。あなたのプライベートな事柄は王位に響きます。一家の、そしてリングの運命に。あなたのプライバシーは政治に関わるのです。そんなこと忘れてしまいたいでしょうけれど。平民ではないのですよ。あなたの住む世界でプライベートなことは何一つありません。そして私に隠せるプライバシーもありません。」
母の声は鉄のように冷たかった。グウェンはこの一瞬一瞬に嫌悪感を覚えた。グウェンには、そこに座って母の話が終わるのを待つ以外できることは何もなかった。罠にはまったような気がした。
やがて、母は咳払いをし、
「私の言うことを聞かないようですから、決定を下さねばなりません。あの少年には二度と会わないこと。もしそうしたら、彼をリージョンと宮廷から追放して村に返します。そして一族とともにさらしの刑に処します。彼は名誉を失い、追放されるのですよ。彼の消息は二度と聞くことがないでしょう。」
母は、怒りで唇が震えているグウェンを見た。
「わかりましたか?」
グウェンは、母が悪魔のようなこともやってのけることができるのを初めて理解し、息をのんだ。言葉に表せないほど母に嫌悪感を持った。グウェンはまた、付き人がちらりとこちらを見ているのにも気づいた。いらつかせるような目つきだ。屈辱的だった。
グウェンが答える前に、母が続けて言った。
「それから、あなたにこれ以上向こう見ずな行動をさせないよう、理にかなった結婚を進める手配をしました。来月の一日にアルトンと結婚することになっています。準備は今すぐ始めなさい。既婚女性としての生活を始める心構えをなさいね。話はそれだけです。」母は素っ気なく言うと、まるで日常的な事柄を話し終わったばかりのように、ゲームボードに視線を戻した。
グウェンははらわたが煮えくり返り、叫びたい気分だった。
「どうしたらこんなことができるの」心の中で怒りが膨れ上がり、グウェンが言い返した。「私のことをあなたの操り人形だとでも思っているの?あなたが言った人と本当に結婚するとでも思っているの?」
「私は考えてなんかいないわ」母が答えた。「私にはわかっているの。あなたは私の娘で、私に従う。そして私が言った人と結婚するのよ。」
「いいえ、しないわ!」グウェンが叫んだ。「そうさせることなんかあなたにはできない!お父様がそうおっしゃったわ!」
「お見合い結婚は、未だにこの王国ですべての親が持つ権利です。そして国王と王妃の権利でもあります。お父様は気取った態度を取られたりしますけれど、私の意思に必ず従うのはあなたもよく知っているでしょう?私は自分の好きなようにします。」
母はグウェンをじろりと睨んだ。
「ですから、いいですか、私の言うようにするのです。結婚の準備は始まっています。もう止めることはできません。覚悟なさい。」
「しません。」グウェンが答えた。「絶対に。これ以上この話をしたら、あなたとはもう口を利きません。」
母は彼女を見上げて微笑んだ。冷たく、醜い微笑みだった。
「あなたが口を聞かなくなっても、私は気にしませんよ。私は友達じゃなくて、あなたの母親なのですから。そして王妃です。会見はこれが最後になるかも知れませんが、それは大したことじゃありません。今日の終わりまでには私の言うことを聞いているでしょう。あなたのことは遠くから見ていますよ。私が計画したとおりの人生を歩むように。」
母はゲームに戻った。
「お下がり。」まるでグウェンが召使でもあるかのように、手を振って言った。
グウェンは堪忍袋の緒が切れ、もう我慢できなくなった。母のゲームボードまで3歩進むと、両手でそれをひっくり返した。象牙のピースと象牙のテーブルが壊れ、粉々になった。
母はショックを受けて身を引いた。
「あなたなんか大嫌い」グウェンがなじった。
言い終わると、グウェンは赤い顔をして振り返り、付き人の手を振り払い、部屋からものすごい勢いで出て行った。自分で歩いて出て行こうと、そして母の顔は二度と見るまいという固い意志を持って。